第五十三話 抜け目ない女勇者

 正直、自信はあった。

 一般人を自称している俺だが、実は内心で「俺って強くね?」と思っていた。


 魔法も極めた。

 剣術も極めた。

 魔王を倒した。

 炎王様も倒した……いや、炎王様はちょっと違うけど、とにかく実力が劣っているとは感じなかった。


 だから、心のどこかで「俺は才能に溢れた最強の壺職人じゃね?」と、驕っていたのだ。

 しかし、それは勘違いだった。


 俺はやっぱり、単なる一般人。

 親子喧嘩で、母親にボコボコにされる程度のごく普通の人間なのだ。


「すびばぜんでじだ」


 親子喧嘩を終えて。

 俺はクソババアに土下座していた。


「謝ったのなら許してやる。悪いことをしたって自覚があるなら、更生の余地もあるってもんだ」


 クソババアは土下座する俺の上に腰を下ろしながら一息ついていた。


 そう。俺は負けたのだ。

 母親という高い壁を越えることができなかった。


(魔王より強い母親っているのかよ……)


 俺は泣きべそをかきながら、先程の親子喧嘩を思い出す。

 酷い戦いだった。一方的、という言葉が本当に似合う戦闘だった。


 物理攻撃、魔法攻撃、精神操作、そのすべてが無効化された。

 あらゆる概念をクソババアは無効化できる。クソババアが持っているあらゆる神様の加護が攻撃を防ぐのだ。


 これは文字通り、子供と大人の喧嘩だった。

 調子に乗った子供を分からせるためだけの、一方的な教育的指導だった。


「ふ~。ちょっと一服……って、妊婦がいたらダメだな。ガハハ!」


 豪快に笑いながら、クソババアはようやく立ち上がってくれた。


「さて、バカ息子とのスキンシップも終わったことだし……改めて、自己紹介でもしておくかね」


 クソババアからするとあれはスキンシップだったのか。単なる憂さ晴らしにしか思えなかったのだが。


「初めまして、だよね?」


 クソババアが女勇者に向かって声をかける。

 土下座する俺を愉快そうに眺めていた彼女は、ニッコリと微笑みながらクソババアに言葉を返した。


「いえ、実は一度お会いしたことがあると思います。覚えてませんか? ウェポン商会の会長様」


 なんと。女勇者は、クソババアのことを知っていたようだ!


「ありゃりゃ。私のことを知ってるのかい?」


 ウェポン商会。

 ありとあらゆる武器を扱う商会である。人間界では一番の規模を誇る武器商会だ。

 そこの会長が、俺の母親なのである。


 ちなみに『ウェポン』とは母親の旧姓だ。

 もともと、母親の実家がこの町の小さな装備品店を経営していたらしい。その名前を借りて商売してみたらたちまちに繁盛したとかなんとか。


 そんなクソババアなのだが、よく首都の貴族たちが開催している懇親会やパーティーに誘われることもあるらしい。そういう集まりは、勇者である彼女も誘われることがあるだろう。だからどこかで会っていてもおかしくない。


「はい。一年程前、勇者になったばかりの時に、ブレイブ様のパーティーで一度ご挨拶をさせていただきました」


「……あ! もしかして、ケーキちゃん!?」


 なんだその甘ったるい名前は。

 もしかして本名か? とうとう女勇者の本名が明らかになったのか?

 と期待したが、残念ながら違うようだ。


「パーティーでケーキばっかり食べてて、ブレイブ君に怒られていた子か! その綺麗な金髪……うん、間違いないね。ガハハ、忘れてたよ!」


 女勇者はなんとも悲しいあだ名をつけられていたようだ。素行が悪いのは昔からなんだなぁ。


「うふふ。ケーキちゃんって呼んでください、お母様♪」


 だが、女勇者はニコニコとした笑顔を崩さない。クソババアに媚びを売るようにすり寄っていた。


「あだ名で呼んでくれた方が、親しんでくれているみたいで嬉しいです」


 俺には見せないような可愛い笑顔を浮かべる女勇者。

 クソババアはそんな彼女にすっかり魅了されていた。


「か、可愛い……! うちのバカ息子とは大違いだよっ。ケーキちゃん、私のことはお母様って呼びな。これからよろしくね」


「はい、もちろん」


 クソババアが女勇者を抱きしめる。

 その抱擁を受けながら、女勇者はクソババアに見えない位置でニヤリとずる賢い笑みを浮かべていた。


 それを見て、俺は彼女の意図を察する。


(まさか、こいつ……クソババアの正体が分かってたから、いきなり媚びを売ってきたのか!?)


 打算的な女勇者のことだ。

 きっと、クソババアと仲良くしていた方が、後々都合がいいと思っていたのだろう。


(さ、流石だ……利益のためなら、嫌いな男の嫁になれるのか)


 抜け目ない女勇者に俺はため息をつく。

 そうやって打算で動くなら、炎王様の愛人になれば良かっただろうに……もしかしてこいつ、本当は俺の事好きなのか?


 よく分からないけど、とりあえず俺は彼女がうんこだと知っているので、結婚だけはどうしても勘弁してほしいところである――

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