第五十一話 手を伸ばせ、自由を勝ち取るために――

 俺の母親は地域でも美人なことで有名だった。

 若い頃は数多の男を虜にしたと自慢されたことがある。しかし男性経験は俺の父親が初めてとも言っていた。

 まぁ、両親の恋愛事情なんて興味なかったが、母親の恋愛経験があまりないことに驚いたことがある。

 それくらい綺麗な人なのだが……俺はこの人がめちゃくちゃ苦手だった。


「クソババア! いきなり暴力とか、本当に親かよっ! 体罰だ体罰!」


「うるせぇよ。女を孕ませて足蹴にするクズ息子は殺す。それが母親の役割だからね」


 指の骨をポキポキと鳴らしながら、倒れこむ俺を睨む母ちゃん。

 相変わらず怖い人だった。


 この人、ゴリゴリの武闘派である。

 若い頃は地元でもブイブイ言わせていたらしく「私より弱い人とは付き合わない」と公言していたようだ。数多の男を虜にし、決闘をし、そしてことごとくぶっ倒してきたらしい。だから恋愛経験もほんとどないと、大きくなってから気付いた。


 母親になってからは少し落ち着いたようだが、それでも息子である俺に対しては教育的指導がすごかった。なんか悪いことしたら容赦なく鉄拳を叩き込んでくる。

 まぁ、大抵は俺が悪いので文句はないが、不満はあった。叱ってくれて感謝しているが、だからといって母ちゃんが好きなわけではない。内心ではさっさとくたばれと思っている。


 俺が一人暮らしを所望したのも、母ちゃんの監視から逃れたいと言う思惑があったからだ。じゃないと、俺は真人間にされてしまう。

 労働に悦びを感じ、人のためになることをして、周りの人に好かれるような素敵な人間になりそうだったのだ。母ちゃんは俺をそういう人間に育てようとしているが、そんなの嫌だ。俺はもっと自由に、楽に、楽しく生きたいのだから!


「こいつが妊娠したのは俺のせいじゃない! どうせこいつの男遊びが原因だよっ」


「あたしはそんなことしないもん!」


 俺の言葉に女勇者が反論する。彼女はクソババアがやってきた当初こそ黙っていたのに、いきなり存在感を主張し始めた。


 そして彼女はニヤリとほくそ笑み、クソババアに抱き着いた。


「お母様! ご報告が遅れてごめんなさい……あなたの孫ですっ。どうか、息子さんに認知させてください!」


 おい。ちょっと待て。

 それは卑怯だろ!!


「ま、孫……私にも、孫ができるっ。こんなバカ息子が結婚なんて無理だと思ってたけど……ま、孫の顔が、見れるなんてっ」


 ほらー!

 クソババアが喜んじゃったよ!

 初孫という存在があまりにも魅力的だったのだろう。俺の母親であるはずの人が、思いっきり敵になった。


「落ち着け母ちゃん! 俺の息子じゃないかもしれないんだぞ!? 血が繋がってないし、これは托卵だぞ!? そんなの許したらダメだろっ」


「……バカ息子、ごめんな。お母さんはなは、孫がほしい。ただそれだけだ」


 そう言って母ちゃんは拳を握る。俺を鉄拳制裁する気満々だった。

 上等である。そろそろ、親離れしないといけない時期だと思っていたのだ……!


「俺は嫌だ。まだ親になりたくない。もっと遊びたい。もっと自由に生きたい。だから……そろそろ、くたばれクソババア! そして遺産を俺に寄越せ!」


 俺もまた拳を握り、母親を睨む。

 以前までのひ弱な俺とは違う。魔法と剣を極めた俺なら、クソババアにも太刀打ちできるだろう。


「お母様、がんばって!」


「うん、よしよし。可愛い娘だなぁ……後で一緒にお茶しようね」


 俺の母ちゃんに甘える女勇者。

 母ちゃんはすっかり彼女の味方だった。


 俺に味方はいない。

 だが、関係ない。


 今日、勝つ。

 そして、クソババアから自由を勝ち取ってやる!

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