第四十九話 さよなら女勇者ちゃん(願望)

 炎王様との一件が決着して、一ヵ月が経過した。

 俺は今、壺職人として充実した日々を歩んでいる――予定だった。


 でも、それは無理だった。

 居候が俺の平穏をかき乱すのだ





「ねぇ、紅茶が飲みたいわ」


「ねぇ、ケーキが食べたいの」


「ねぇ、お小遣いちょーだい?」


「ねぇ、家が汚いから掃除して」


「ねぇ、ちゅーしてあげるからあたしを養って」


「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」





 居候の名は知らない。出会って一カ月以上経っているというのに分からない。便宜上、俺は心の中で女勇者と呼んでいる。


 そして俺は彼女の名前を知りたいとも思っていない。それくらい、彼女のことに興味がないし、好きか嫌いかで考えるなら普通に嫌いだった。


 出会った当初は「顔が可愛いメイドさん、ゲットだぜ!」と喜んでいたが、性格があれだったのだ。


 まるで、ダイヤモンドでコーティングされたうんこ。


 見た目は高級だが、中身がうんこなので価値がゼロである。


 彼女との契約は一ヵ月だけのはずだった。しかしその期限は10日くらい前に過ぎている。

 女勇者は俺の家に寄生していた。メイド服こそ来ているが、やってることはただのヒモニートである。あれではまるで俺の父だった。


 家事しない。掃除しない。働かない。何もしない。

 毎日毎日、甘い物をいっぱい食べて、娯楽に俺のゲームやコミックを楽しんで、満足したら寝る。

 そういう生活を、女勇者は送っている。


 一方、俺の自由はなくなった。

 変に物覚えがいいせいか、俺の家事スキルは高い。料理も見た目こそ微妙だが味は良いと女勇者から高評価をもらっている。別にやりたいわけじゃないのに、何故か俺が家事も料理もやることになっている。


 俺がやらないと家が汚くなるのだ。女勇者は片付けも何もできないのである。


 正直、我慢の限界だった。

 期限が過ぎても平気で家に居候して、やんわりと「出ていけ」と言ったら「嫌だも~ん」とか笑って話を聞いてくれないし、最悪だった。


 女勇者を追い出す。

 俺は、彼女が来る前の平穏で怠惰でのんびりした日常を取り戻す。


 そのためなら、俺はなんだってできる――




「出て行ってください。どうか、お願いします」




 そして俺は、女勇者に土下座した。


「手土産は、この宝石で勘弁してください」


 差し出したのは、カオスに生息するゴーレムを根絶やしにして手に入れたドロップアイテムだ。どれも一級品で、全部売れば10億くらい値段がつくと思う。


 入手するのにちょっと手間がかかったが、女勇者を追い出すためならこれくらい苦じゃなかった。


「え~。ダーリンったら、冗談が上手ね」


「ダーリンって呼ぶな。殺すぞ」


「いやーん、こわーい」


 こいつは何なんだ。

 俺のことが嫌いなくせに、どうして俺のそばに居たがるんだ?


 もしかして……とうとう、俺にモテ期が訪れたのだろうか。


「お前、本当に俺のこと好きなの?」


 気になったので問いかけてみると、女勇者は女にはあるまじきむかつく顔でこう言った。


「好きじゃないわよ、ばーか。勘違いしないでくれる? あたしはね、あんたが好きでこの家に居座ってるわけじゃないの。ただ、何もしなくても美味しいごはんが食べられる生活が、すごく幸せなだけなの」


「クズが」


 ダメだこいつ。

 本気で俺を好きになっていたら、養ってやろうかなと思わない気がしないでもなかったが……そもそも、本気で俺が好きなら、こんなに迷惑かけるわけないか。彼女は俺のことが嫌いだから、いくら迷惑をかけてもいいと思っているのである。だからヒモニートとかいう罪を平気で犯せるのだ。


「出ていけ! お願いしますから、出て行ってください!」


「うーん、どうしよっかな~……これだけかぁ」


 くそ! 10億じゃ足りないようだ。強欲な女である。


「倍! 倍出すから、どうかお願いしますっ」


 最大限に譲歩する。

 そうすると、女勇者はようやく首を縦に振ってくれた。


「やったー♪ 交渉成立ね、ダーリン? ありがとー!」


「死ね。死ね死ね死ね死ね死ね」


 恐らく、女勇者は最初から出ていくつもりだったのだろう。しかし俺からもっと金を引き出すために、あえてごねたのだ。どうも頭脳戦は女勇者の方が上手なようである……。


「あはっ。いい休憩期間だったわ。お金もいっぱいもらえたし、文句ないわ。ありがとう、ダーリン」


「その呼び方やめろ。殺すぞ」


 女勇者は満面の笑顔で俺に抱き着いてくる。それを振り払いながら、俺はため息をついた。


「もう夜も遅いから、明日の朝でいいけど……準備が整い次第、出て行ってくれ」


「え? もっと宝石くれるんでしょ? 取りに行かなくていいの?」


「既にある。お前に全財産差し出すとでも思ったか? 予備で確保してたんだよ……ま、その分もやるから、文字通り一文無しになるけど」


 それでも、女勇者が出ていくなら安いものだ。


「はーい、宝石がもらえるなら文句ないでーす♪ じゃ、おやすみ~……あ、最後だし、エッチしとく? あたし、初めてだけど」


「しない。死ね」


 誰がお前なんかとイチャイチャするか!!

 貞操観念も緩いクソビッチなんかこっちから願い下げである。


 いつも通り、女勇者はベッドで寝る。

 いつも通り、俺は硬い床で寝る。


 こんな生活も今日で終わりだ。

 明日の朝には、お別れである。それがとても嬉しかった。


 あと少し……あと少しで、お別れできる!

 そう、思っていたのに。








 翌朝のことだった。


「ば、ばかぁああああああああああ!!」


 女勇者の絶叫で俺は起こされた。


「朝からうるせぇよ……」


「ばか! ばかばかばかー!」


 彼女は泣き叫びながら、俺を睨んでいる。

 一体何事だと、彼女に視線を向けて――俺は、絶句した。


「なん、だと……?」


 女勇者の一部が、大きくなっていた。

 具体的に言うと……お腹が、大きくなっていたのだ。


 まるで、赤ちゃんを宿しているかのように。


「勝手に妊娠させるなぁあああああああ!!」


 そう、女勇者は妊娠していた。

 せっかく、お別れの時が来たはずだったのに……どうしてこうなった!?

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