第四十八話 泣かないで炎王様!
これまでのあらすじ。
炎王様が食べられて死んだけど生き返った。
「ひ、ひぃっ……あ、あぎ、ぐが、ぅ」
肉体も元に戻っている。意識もしっかりとある。
しかしどうも炎王様の様子がおかしかった。
「ぼ、ぼぼぼ僕は、死んだ……く、食われたはずっ」
地面にうずくまり、涙を流しながら、彼は震える声を発する。
明らかに正気じゃなかった。
「ひぃぃ……なんで、生きてる? 僕は、死んだ……死んだ、はずなのにっ」
「あの、炎王様? すみませんでやんす」
取り乱しているところ悪いが、ひとまず謝っておく。
流石に今回の件は罪悪感があった。炎王様も悪くないわけじゃないが、殺されるほどのことはしてなかったと思う。せいぜい、俺を殺そうとしていたことくらいか。
……ん? 殺そうとするって、もしかしてよっぽどのことじゃないか?
炎王様は俺を殺そうとしたわけである。だったら逆に殺されても文句は言われないはず。
そう考えると罪悪感が一切なくなった、なーんだ、俺は何も悪くないじゃん!
「しょ、庶民の分際で……僕を殺したな? 謝っても、許さない」
「は? うるせぇよ。殺すぞ」
「え?」
罪悪感がなくなった俺は無敵だった。もう下手に出るのは飽きたので、今度は高圧的に出てみる。
「だいたい、お前を殺したのは俺じゃない。犯人は壺だぞ? 俺はむしろ、お前を蘇生させてやったんだ。感謝しろよ」
「は? どうして、僕が……庶民に?」
「貴族も庶民も関係ないだろ。また殺されたいか? あ?」
俺はボキボキと指の骨を鳴らす。敵意が伝わったのか、炎王様はビクビクと狼狽えていた。
「う、ぁぁ……」
死んだ直後と言うこともあって、かなり精神が不安定である。
まぁ、それも当然か。死んだのだから、むしろ正常な方が異常である。
よし、今がチャンスだ。炎王様が弱っているうちに、事態をうやむやにしよう!
「土下座」
「……え?」
「土下座して感謝しろよ。生き返らせてやったんだぞ? 相応の礼は尽くせよ」
さっきまでは謝ってばかりいたが、炎王様はまったく俺を許してくれなかった。
なので、今度は逆に脅迫することにしたのである。
「そうよ。土下座して。あたしの婚約者を散々馬鹿にしたのよ? 感謝だけじゃなくて、きちんと謝って」
おっと。さっきからニヤニヤしていた女勇者が、満を持してと言わんばかりに口を開いた。相変わらず性格が悪いなぁ……でも、今はこいつの口の悪さも役に立つ。
「……は、ハニー? いきなり、態度が変わっているような……」
「ダーリン、殺そう? あたしたちの結婚を邪魔する汚物を、死体に戻しましょうよ」
ダーリンってなんだよ。吐き気がする呼び方すんな。
と、言いたいところだが、事態をうやむやにするために、女勇者の協力は必要不可欠だ。ここは便乗しておいた。
「本当に殺すぞ? 俺はな、時間魔法が使える。蘇生魔法も使える。つまり……そこの壺を、蘇らせることもできるんだぞ?」
割れて残骸となってしまった壺だが、元通りに戻せるぞと脅す。
そうすると、炎王様は食べられた時の恐怖が戻ったようで。
「ひぃっ……す、すまない! 勘弁してくれ……僕を生き返らせてくれてありがとうっ。だから、壺を蘇らせるのはやめてくれっ」
相当怖かったようである。ガクガクと震える炎王様は泣いていた。
涙を流しながら土下座する炎王様。それを見て女勇者はさぞかし愉快そうである。
「アハハハハ! だっさーい(笑) ねぇ、どんな気持ち? 今まで見下してた庶民と没落貴族に頭を下げるって、どんな気持ちなのー? ねぇ、教えなさいよ~(笑)」
女勇者は炎王様の頭を思いっきり踏みつける。慈悲も容赦もないな、こいつ……もしかして悪魔か?
「かっこわるーい。やっぱりあんたとは結婚できないわ」
なおも女勇者は止まらない。
炎王様を嘲笑いながら、婚約を破棄した。
「もうあたしにちょっかい出さないで。あんたとの結婚なんてこっちから願い下げよ? あと、うちの両親に何かしても許さないから。ね、ダーリン?」
……まぁ、なんやかんやあったが、どうにか作戦通り女勇者の婚約は破棄できそうだ。
こいつの役に立つというのは釈然としないが、仕方ないと割り切ろう。
「ああ。もし俺と彼女が不快に思うようなことをすれば……分かってるよな? 今度こそ、殺す。分かったかおらー!」
脅迫の言葉を紡ぐ。
我ながら、小悪党まがいな真似がやけに様になっていた。
「わ、分かった! 君たちのことは口外しない……何もしない! だから、見逃してくれぇえええええええええええ!!」
それだけを言い残して、炎王様は走り去る。
逃げ去る炎王様は、ちょっとかわいそうだった。まぁいいか……これが俺に出来る最善の方法だったのだから、仕方ない。
「ふぅ、これで解決できたな」
裸のまま逃げる炎王様の背中を見送っていると、不意に女勇者が抱きついてきた。
「ありがとう。はい、お礼のちゅー」
回避する暇はない。
まるで事務作業のようにキスしてきた女勇者。俺は呆然とそれを受け入れることしかできなかった。
「…………は?」
「はい、これで感謝は十分よね? あたしのちゅーとか、お金にしたら相当な額になるもの。これで今回の件はチャラよ」
このクソ女は最後まで俺を舐めていた。
(……炎王様、マジで俺に感謝しろよ。こいつと結婚するとか、正気じゃない)
内心でそんなことを思いながら、大きなため息をつく。
何はともあれ、これで一件落着だ――
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