第四十六話 アイヤー!?

 炎王は激怒した。

 必ず、かのクソブサイクバケモノをぶっ殺さねばならないと決意した。


「炎王様頑張って! ぶっ殺せー! ボコボコにしろー!」


 後ろでは愛しの彼女が声援を送ってくれている。炎王は既に十人ほど妻がいるので、十一番目の愛人にしようと思っている女だ。


 妻に巨乳は多数揃っている。美人も可愛いもよりどりみどり。しかし貧乳枠が彼の愛人にいなかったので、没落して可哀想な人生を歩んでいる幼馴染を助けるためにも、彼女に求婚してあげていた。


 しかし彼女は穢されていた。


「ふ、ふひひっ。炎王様、勘弁しておくれでやんすよ~」


 ブサイクな少年がヘコヘコとこちらに媚びを売ってくる。

 彼は下劣だ。炎王が愛人にしようとしていた女を穢した。その上、炎王をバカにしている。


 炎王は貴族だ。しかも、普通の貴族ではない。古来より王家に仕えてきた格式高い貴族なのである。

 そんな彼を、たかが庶民がバカにするなど――童貞許されることではなかった。


「【火炎の大剣ファイヤ・ソード】」


 火炎属性の上級魔法を展開する。単なる炎でなく、形を伴った炎を制御するのは並の魔法使いでは難しい技術だ。しかし炎に愛されしフレイム家の一員である炎王にとっては、造作もないことである。


「燃えろ。自分の人生に後悔しながら、死ね」


 炎剣を振り下ろす。唸りを上げる業火は、たちまちに不細工な少年を真っ二つに――


「ギャーイタイヨータスケテー」


 ――できなかった。

 彼は炎の剣を受けてジタバタしているが、変な踊りを踊っているようにしか見えない。恐らくは苦しんでいる演技をしているのだろうが、セリフも棒読みだし、炎王としてはバカにされているようにしか思えなかった。


 服が燃えて裸だし、滑稽で仕方ない。まるで道化である。


 なぜ、攻撃が効かないのか。相手は庶民のはずで、戦闘の心得なんて持っていないはずなのに、どうして攻撃がことごとく防がれるのか。


 平時の炎王なら……もう少し冷静であれば、きっと彼の異常性に気付けただろう。しかし今の炎王は頭に血が上っているので、そこまで考えが至らなかった。


 とにかく殺す。そのことしか炎王は考えられない。


「【火炎付与アディション・ファイヤ】」


 あまりにもイライラしていたのだろう、炎王は本気を出した。

 最上級魔法の付与魔法――属性を肉体に付与し、攻撃の威力を増幅させる魔法だ。最上級魔法を使える者は、王城に仕える兵士や勇者の中でもほんの一握り。炎王はその中の一人で、確かな実力者なのである。


「光栄に思うがいい……僕が自ら、殺してあげよう」


 右手は先程から痛みで使えないので、左手に炎を付与した。


「死ね」


 今度こそ、間違いなく。

 殺すつもりで、ブサイクな少年の胸元を殴りつけた。



 ――ボキン!!



 骨の折れる音が生る。

 最初、炎王は少年の骨が砕けたのかと思った。


「……ぐ、ぎっ」


 だが、遅れてやってくる痛みで、炎王は理解する。


「ぼ、僕の左手が……左手がぁあああああ!?」


 グチャグチャだった。

 骨が折れ、肉が裂け、血が滴り落ちている。

 ブサイクな少年が頑丈すぎて、反動で炎王の拳が砕けたのだ


「ウェーン。シヌー。イタクテシヌー」


 ブサイク少年は何を考えているのか、棒読みで演技を続けている。わざとらしく胸元を押さえながら地面でジタバタとしているが、あからさますぎて演技にしか見えなかった。


「くそ!」


 苛立ちが膨張していく。

 思い通りにならない戦闘に頭が爆発しそうだった炎王は、ふと足元にブサイクな壺が転がっているのを見つけた。


 先程、炎王の右拳を壊した壺である。それを見てよりイライラを募らせた炎王は、八つ当たりに壺を蹴飛ばそうとした。


「ちっ」


 舌打ちと一緒に足を動かそうとして――





「グルァアアアアアアアアアアア!!」






 壺が、咆哮した。


「え?」


 まるで龍のような咆哮に、炎王は体を硬直させた。

 これが、炎王にとって最大の失敗だった。




 ――ゴシャ! ゴシャ!




 咀嚼音。肉と骨を噛み砕く不快な音が炎王の鼓膜を震わせる。

 やけに近くに聞こえた音は――炎王の足元から響いていた。


「…………へ?」


 足が、食べられている?

 そう、理解する時間すらなかった。



 ――グチュ! グチュ! ゲップ!



 一瞬だった。

 一瞬で、炎王は壺に『食べられた』。


 比喩ではない。言葉通り、炎王は壺に食べられたのだ。

 再三言わせてもらう。炎王は、壺に食べられた。


「アイヤー!?」


「やったー!!」


 炎王が食べられたのを見て、ブサイクな少年は慌てふためき、女勇者は歓喜する。




 クウガ・フレイム。

 火炎の勇者。王より授かった称号は『炎王』。

 享年25歳、ここに眠る――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る