第四十五話 絶対に負けないといけない戦いが、ここに始まる
炎王様が大激怒していた。
「ブサイクの分際で、僕をバカするとは……いい度胸だ。その罪、命で償え」
家宝と言われて差し出された壺は偽物。
迎えに来た花嫁は凌辱された挙句に『中古品』と刺青を入れられていた。
本物と言って差し出された壺のせいで怪我も負っている。
(そりゃあ、怒るよなぁ)
肉体的にも精神的にもバカにされたと感じたのだろう。炎王様が激怒する理由も分かる。
ただ、女勇者に限っていえば、俺は何も悪くない。むしろ何もしてないので、怒りが向けられるのは釈然としなかった。
(くそ! ハメられた……)
自宅近くの空き地にて。
俺は炎王様に殺意を向けられている。ここは町外れで、周囲に人がいないため、炎王様が暴れても人的被害の心配がないことだけが不幸中の幸いだった。
「……僕の体を傷つけるとは、一体どんな卑怯な手を使った?」
ヒビの入っているであろう拳を揺らしながら、炎王様は顔をしかめる。
うーん、俺はないもしてないんだけど……壺を殴って自滅したように見えるのだが、まぁいいや。
ここはとにかく、下手に出よう。
「ま、まぐれでやんす! おいらは雑魚なブサイク野郎でやんす! だから許してほしいでやんす!」
土下座しながら許しを乞う。俺は自分の命のためなら相手の靴だって舐められる男。プライドなんてないので、土下座ぐらい躊躇いなくできた。
そんな風にヘコヘコしてるから、もしかしたら炎王様は調子に乗ったのかもしれない。
「いいや、許さないよ。君は僕に殺されるんだ。痛みにもがき苦しみながら、自分の人生を後悔しながら、生まれてきたその罪に懺悔しながら、惨めに死んでいくんだ」
何それ怖い。
死ぬなら老衰死か、最低でも痛みのない死に方がいいので、炎王様の発言にはちょっと引いた。
「いいぞー! やっちゃえー! 殺せー!」
女勇者は炎王様の後ろでヤジを飛ばしている。最低だ、あの女!
彼女からすると、俺と炎王様の戦いはさぞかし愉快な見世物なのだろう。何せ、女勇者は俺たち二人が大嫌いだからだ。どっちが傷ついても嬉しいし、どっちが負けても嬉しいのである。
覚えてろよ……後で後悔させてやるからな!
(さて、負けよう)
とにかく! 俺にできることは、殺されないように気を付けつつ、炎王様の気が済むように敗北することだ。できるなら『雑魚が……こんなの、殺す価値もない』と言われるくらいが理想である。
そのために、俺は脆弱な雑魚を演じることにした。
「では、まずは軽く炙ってやるか……【
炎王様の代名詞である火炎魔法が放たれる。
回避は容易だったが、負けるために俺はわざと炎を浴びることにした。
「ぎゃぁあああああああ! 熱いぃいいいいい!! 助けてぇえええええええ!!」
そう叫ぶつもりだった。
でも、炎を浴びて……その温さに、俺は思わず呻いてしまった。
(全然熱くないんですけど……何これ、ぬるま湯? もっと熱くなってくれよ……)
熱くない。まったく熱を感じない。
これは本当に炎なのだろうか。あ、でも服は燃えてるので、一応は炎なのだろう。
(こんなの死なねぇよ)
そういえば俺は炎龍の炎を浴びても無傷だった気がする。まぁ、偶然だろうが、もしかしたら人よりちょっと体が頑丈なのかもしれない。あくまで一般人なので異常ではないと思うが、まさか炎王様の炎にすら耐えるとは思わなかった。
しかし、俺は負けなければならない。
だから、苦しんでいる振りをしてみた。
「アツーイ。シヌー。タスケテー」
我ながら、迫真の演技!
これは、都会の劇団員にスカウトされてもおかしくないほどである。
これほどの演技を見せられたら、炎王様も騙されるだろう。
そう自画自賛していたのに。
「……馬鹿にしてるな? そんな棒読みで、わざとらしく苦しんでいる振りをするとは……むかつくブサイクだよ。殺してやる」
あれー?
炎王様は、俺の演技を簡単に見抜いていた!
「ぷぷー! 今の演技? もしかして演技のつもりだったの!? アハハハハ! 下手くそすぎでしょ! ばーかばーか! 大根役者!」
炎王様の後ろでは女勇者が爆笑している。
そんなヤジを受けて、俺はようやく理解した。
(もしかして俺、演技の才能ないの?)
上手くいったと思ったが、実はそうでもなかったようだ(泣)
どうしよう……もうちょっと痛い攻撃じゃないと、苦しむこともできないじゃん!
炎王様、もっと頑張ってくれよ!
……こうして、戦いが始まる。
絶対に負けないといけない戦いが、開幕した――
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