第四十四話 とある壺職人の慟哭

 俺は慟哭した。


「てめぇえええええええええええええ!!」


 はらわたが煮えくりかえるほどの怒りに頭が痛くなる。

 あのクソ女、やりやがった!!


(そういえば最近、こそこそしてると思ってたんだよ!!)


 ここ数日、彼女の行動は不審だった。やけに俺を避けていたいうか、距離感が遠かったのである。

 別に彼女のことは好きじゃないし、むしろ嫌いなので、距離感が遠いことに大して不便を感じなかった。故に気にすることもなかったが、女勇者は俺を陥れるために策を練っていたようだ。


(『中古品』ってなんだよ!)


 見ていて涙が出そうなくらいに小さな胸を恥ずかしそうに隠す女勇者。大丈夫だ、お前の胸なんか見る気も起きない。それよりも腹部に刻まれた『中古品』という刺青に目が奪われた。


(あの女、マジかよ!?)


 中古品とは、即ち処女じゃなくなったという意味合いなのだろう。そんな文字を自らの体に刻むなど、頭が狂っているとしか思えなかった。


 刺青って……あれだろ? 王城に仕える魔法騎士とかが、戦闘力を上げるために魔法陣を体に刻むための手段だろ? 刺青は一生消えないとも聞いたことがある。それなのに、あんなくだらない文字で自らを傷物にするとは……正気じゃない。


(ってか、俺は何もしてねぇよ!)


 冤罪すぎる。俺は彼女に何もしていない。そのことをどうにか炎王様に説明しようと思ったが、


「炎王様……あのブサイクのせいで、私は傷物になってしまいましたわ。こんな穢れた身で結婚など、やっぱりできない……本当は結婚したくて、隠そうと思ってたけど、こんな文字を刻まれては、いつかばれてしまいますから。ごめんなさい」


 先手を打たれた。

 もとより、炎王様は俺の言葉をまったく聞いてくれない。もちろん彼は女勇者の言葉を一切疑わずに信じた。


「この腐れ外道が!!」


 くそっ。違うのに……違うのに!!


 これではあのクソ女の思うつぼだった。

 きっとあいつは、俺が裏切ることを察していたのだろう。だからこそ、対抗策として俺を陥れる手段を考えていたのだ。結果、俺は物の見事に炎王様と敵対してしまっている。


 なんだかおかしいと思っていたのだ。

 服装まで拘るなんて、念を入れすぎじゃないか?と不可解だった。


 普段のメイド服はエッチなことする専用のせいか、露出が多い。ミニスカートでノースリーブな上に、胸元もぱっくり空いている。更にはヘソも見えるくらい丈が短かったので、刺青もふとした拍子に見えてしまうはず。だから、刺青を隠すために、彼女はウェディングドレスを着たのだろう。


 全てはあいつの計略通りだったのだ。


「殺す!」


 炎王様は激怒して俺に殺意を向ける。

 まさかこんな状況になるとは思ってなかったので、俺はパニックを起こしていた。


 ど、どうしよう!? とりあえず謝るのはもちろんとして……あ、壺だ!

 とりあえず偽物の壺じゃなくて、本物の壺も差し出して謝ろう!


「死ね!!!!」


 炎王様が殴り掛かってくる。俺は反撃せず、謝罪の意を示すために土下座した。


(【転移】――『炎龍の壺』)


 無詠唱で異空間から壺を取り出す。それを炎王様に向けて差し出しながら、俺は謝った。


「ごめんなさいでやんす! これが本物の壺でやんす! とりあえず許してっ」


 頭を下げながら壺を前に突き出す。

 そのタイミングが悪すぎた。ちょうど、炎王様が俺に殴ったタイミングと重なったのである。


 結果、炎王様の拳と壺がぶつかることになり。


 ――ゴギン!


 炎王様の拳から、イヤな音が鳴り響いた。

 あ、やっべ。


「……殺す」


 もちろん、壺は壊れていない。

 逆に壊れたのは、炎王様の拳である。あの音だと、骨にひびが入ってるだろうなぁ……。


 ついに怪我を負わせてしまった。

 ここまできたら、もう戻れない。


「殺してやる、ブサイクがぁあああああああ!!」


 炎王様が、大激怒(泣)

 俺はまんまと女勇者にはめられて、逃れられない勝負を挑まれることになった。


「……うふふっ♪」


 炎王様の後ろで女勇者は楽しそうに笑っている。

 今ほど、女を殴りたいと思ったことはなかった。


 このクソ女がぁああああああああああ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る