第四十三話 馬鹿同士の浅はかな頭脳戦
――壺が、割れた。
女勇者はそれを見て、目を見開いた。
(あの童貞! あたしを裏切ったわね!?)
ウェディングドレスをまとう彼女は、作戦通りではない事態に拳を握る。
本来なら【炎龍の壺】は割れないはずだった。女勇者は炎王様でもあの壺は割れないと確信している。
女勇者にとって、彼はバケモノだ。少なくとも同じ人間とは認識していない。本人は一般人を自称しているが、彼のレベルは歴代勇者でも及ばないと彼女は見抜いている。
女勇者は、彼の実力に関してのみは信頼していた。バケモノじみた力を持つ彼が作った壺が、そう簡単に割れないはずだと認識している。
だというのに壺が割れたのは『偽物』だから……つまり童貞野郎に裏切られたのだ。
(あの童貞なら、そっくりそのままの壺を複製できてもおかしくない)
どんな魔法を使ったのかは分からない。ただ、ありとあらゆる魔法を極めたと平気な顔で口にするバケモノなのだから、むしろ複製できないわけがないだろう。
だからこそ、彼女は確信していた。
(やっぱりね!)
目を見開き、驚いたふりをしながら、彼女は内心でほくそ笑む。
女勇者はこうなることを予測していたのだ。
(あの童貞野郎は、あたしのことを嫌っている。裏切らないわけがない!)
それもまた女勇者は理解している。自分の行為がいかにゲスであったのかも自覚がある。
しかし童貞野郎は嫌いなので、どれだけ迷惑をかけても構わないと彼女は思っている。そして、迷惑ばかりかけているのだから、嫌われることだってもちろん想定通りだった。
(あたしを『貧乳』とバカにした罪、絶対に許さないわ)
なんて器の小さい人間なのだろうか。
彼女は貧乳と言われて以来、童貞野郎の足を引っ張ることしか考えられなくなった。
(あたしだけが不幸になるなんて、許さないわよ)
不幸になるなら、お前も道連れだ。
たとえ、初めてのちゅーを捧げたとしても。
たとえ、貞操を捧げることになったとしても。
たとえ、勇者としてのプライドを折られたとしても。
(あんたに一矢報いることが出来たら、十分よ!)
そのためなら、女勇者はなんでもやる――
「炎王様、ごめんなさい」
壺が割れて、数秒後のことだった。
驚いたふりを辞めた彼女は、今度は泣いてるふりをしながら炎王様に寄りかかる。
(これだけはしたくなかったけど……仕方ないわ。『保険』をかけてて、良かった)
炎王様から漂うきつい香水の匂いに吐き気をもよおしたが、それはどうにか我慢して、彼女は震える声で囁いた。
「この男は、最低です」
「ハニー? 最低とは、どういうことだい?」
炎王様は女勇者の肩を抱きながら心配そうな表情に向けてくる。間近で見る炎王様の顔に唾を吐き出したくなった女勇者だが、それはどうにか我慢して、悲しんでいる乙女を演じた。
「その壺は、この家の家宝なんかではありませんわ……もっとすごい壺もあったのに、嘘をついておりますの。この男は、炎王様をバカにしてますわ」
「ちょ、おいっ」
女勇者の行動が想定外だったのだろう。バケモノ童貞は戸惑いながら声をかけてくるが、それは無視して女勇者は言葉を続ける。
「それに……私は、穢されましたわ」
そう呟いて、彼女はウェディングドレスを脱ぎすてた。
「…………え?」
一糸まとわぬ姿になった女勇者。
炎王様の視線が舐めまわすようにジロジロと動き、それから――腹部に刻まれた『刺青』を見て、
「――――なんだ、これは」
炎王様は、表情を変えた。
何せ、女勇者の腹部にはこんな刺青が刻まれていたのである。
『中古品』
女勇者は、バケモノ童貞に復讐するためなら、手段を選ばない。
たとえ、一生消えない刺青だとしても……関係ない。
(あたしだけが、不幸になってたまるか!)
彼女の意地は本物だった。
再度言おう。彼女の腹部に刻まれていた文字は『中古品』だ。
つまりこれは、炎王様の『処女信仰』を否定する文字だ。
「は、ハニー? これって……」
「はい。あの男は、炎王様をバカにするために……私に、無理やりこの刺青を刻みましたわ」
「……クソ野郎が」
もちろん、炎王様が激怒しないわけがなく。
しかも、女勇者がダメ押しと言わんばかりにバケモノ童貞に濡れ衣を着せたので、炎王様の敵意がむき出しになった。
「殺す」
炎王様の殺意が膨れ上がる。
それを見て、バケモノ童貞が叫ぶ。
「てめぇえええええええええええええええええ!!」
こちらを見て憤慨するバケモノ童貞を見て、彼女の心は幸福に満たされた。
(計画通り!)
あのバケモノが不幸になっている。
そう思うと、気持ちいい。快楽が脳を支配する。自然と頬が緩み、幸せな気分になった。
(ざまぁ! 不幸になれ!!)
馬鹿同士の浅はかな頭脳戦が繰り広げられる。
お互いに足を引っ張り合う、醜いものだった――
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