第三十二話 それは『守る』ための戦い
炎龍の巣はとある山の頂上にある。他の生物が一切いない、彼にとって唯一の安らげる場所だ。
ここは炎龍が生まれた地でもある。父と母が死んで以来、彼はこの場所をナワバリとして守り続けた。他の生物が近づけば、彼は容赦なく相手に襲い掛かり、殺戮している。
この場所は、炎龍しか足を踏み入れたことがない場所なのだ。
しかし、この日――初めて、炎龍以外の生物が足を踏み入れることになった。
「ひぃいいいっ……た、食べないでっ。あたしなんて美味しくわないわよ!? あの男の方が絶対に美味しいわ! あいつは殺してもいいから、あたしは見逃してくださいお願いしますっ」
二足歩行型の生物は四肢と頭を地につけて平伏している。
その動作の意味は分からないが、とりあえず元気そうなので炎龍は嬉しかった。
『何故、かようにか弱き生物に魅入ってしまったのか』
理由は分からない。ただ、なんとなく、その生物を見ていると心が満たされる。
ずっとそばにいてほしいと思えるくらいに、魅力的に思ってしまうのだ。
『大切にしよう。死なぬように注意を払わねば』
とはいえ、その生物は脆そうだ。ほんの少し、炎龍が爪を立てただけで絶命しそうなほどにか弱かった。間違いなく、この世界では単体で生き延びることはできないだろう。
『外敵者から守ってやらねば』
この世界の生物は血気盛んだ。ちょっとでも目を離すと襲われしまう可能性がある
故に、炎龍は愛しき脆弱な生物を守る決意をした。
ちょうど、その時である。
『っ!?』
何かを知覚して、炎龍は背後を振り向く。
直後――小石が、凄まじい速度で頬を掠めて行った。
『何が起こった……?』
後方に飛んでいった小石は、突き出た岩を貫通して遠くに消える。
それは、炎龍に対する『攻撃』であった。
「グルァアアアアアアアアアアアアア!!」
雄叫びをあげて、外敵者を視認しようと気配を探る。
敵は既に岩山の麓にいた。はるか遠くにいるが、炎龍の尋常じゃない視力が敵の姿を捕捉する。
敵は、驚くべきことに麓から小石をぶん投げていた。
たかだか投石だというのに、弾丸のごとき威力を有していたのである。
そいつは二足歩行型の生物だ。先程連れ去った生物と同種のものと近くした炎龍は、敵の目的を察知する。
『まさか、我から奪いに来たのか?』
炎龍にとって、連れ去った生物は最早自分の物となっていた。
奪いに来た無礼者に、炎龍は殺意をたぎらせる。
が、次の瞬間――炎龍は、自分の勘違いに気付いた。
『奪いに来たのではない……まさか、殺そうとしている!?」
投げられる小石は、最初こそ炎龍を狙っていたが……いつの間にか標的が変わっていた。
敵の狙いは、炎龍が奪った愛しき生物だったのだ。
「ぎゃぁあああああ!? ちょっと、なんか飛んでくるっ。何これ!? あの童貞、まさかあたしを殺そうとしてるの!? ふざけるなぁああああああああ!!」
恐怖に叫ぶ愛しき存在に、炎龍は怒りを増幅させる。
言葉が分からないので、何を言ってるかは分からない。だが、その生物のためなら、炎龍はなんだってできる気がした。
『殺す!』
その戦いは、今までのような『作業』ではない。
愛しき存在を『守る』ための、戦いであった――
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