第三十一話 炎龍の初恋

 ――生来、彼は他の生物と一線を画していた。


『弱い』


 生まれた時、母が死んだ。

 自分を孵化させただけで命が尽きた母を彼は哀れに思った。


 次に父が死んだ。

 他の魔物とのナワバリ争いに負けたようだ。産まれてすぐに彼は両親を失い、孤独となる。


 しかし彼は寂しくなかった。

 生まれたその瞬間に、彼は自らが孤高の生物であることを自覚していたのである。


『弱い』


 復讐のつもり、ではない。ただ、己の力を確認したくて、父を殺した魔物と戦ってみた。

 相手は簡単に死んだ。こんな雑魚に殺される父を彼は情けなく思った。


『弱い』


 彼にとって、世界は二つの存在にしか分類できない。。


 自分か、それ以外か。

 強者か、弱者か。


 ただ、それだけである。生後間もなく、彼はカオスの覇権を取っていた。

 生まれて間もない彼に勝てる生物がカオスにいなかったのである。


 しかしこれでも、若かりし頃の彼はまだ世界に希望を持っていた。


 自分が強いことは仕方ない。だけど、強さに関係なく……いつか、自分にも特別な存在ができるかもしれないと考え、世界を駆け巡った。


 言うなれば、彼は伴侶を探していたのである。

 同じ種族はダメだった。どれも弱すぎて話にならない。しかも自らの弱さを自覚しない同胞たちは、こともあろうに集団で彼の殺害を試みた。返り討ちにしたら全てが死に絶え、彼の種族はたった一匹だけになってしまった。


 他の種族も試してみたが、全て無駄だった。

 どれも一様に興味が持てず、彼の心は空虚のままだった。


 ――いったい、どれほどの間、彼は戦いに明け暮れただろうか。

 いつしかあらゆる世界に彼の種族名が轟き、即ち彼という存在は恐怖の象徴とされた。


 しかし、彼の目的――特別な存在を手に入れることは、できなかった。


『弱い』


 彼の渇望は満たされることなく。

 そうして彼は、世界に失望してしまった。


 彼は生まれる世界を間違えてしまったのかもしれない。

 それくらい、彼の力は突出している。


 彼にとって『戦い』とは作業だ。

 翼を羽ばたかせるように。尻尾を振り回すように。ただ、彼が動けば、勝負は決まる。


『弱い』


 彼は既に、全てを諦めていた。

 戦いに飽きた彼は、特別な人を探すことすらやめてしまい、生まれた地で静かに暮らすことにした。最低限のナワバリで、ただ呼吸をしながら空を見上げることが、彼にとって唯一の日課だった。


 たまに自分の力を過信する勘違い野郎がやってくるが、ちょっとあしらってやると絶命するので、刺激にすらならない。


 このまま一生、彼は無意味に生きる。


『我は――強すぎた』


 それは、強すぎた者の宿命。

 生まれる世界を間違えた生物の、悲しい末路。


 それすらも受け入れた彼は、今日も静かに一日を過ごそうとしていた。

 しかし、その日――彼は『特別』を見つけた。


『っ!?』


 生まれて初めての感覚に、彼は五感の全てを研ぎ澄ませる。

 少し離れた場所に、突然として、抗うことができないくらいに魅力的な存在が現れたのだ。


『――欲しい』


 彼は、それを欲した。


『ようやく、我にも――特別が、手に入る』


 生まれてからずっと探していた『特別』を、彼は見つけた。

 その瞬間、彼は飛び上がり――一瞬で目的の『特別』を捕らえた彼は、自らの巣に『二足型歩行の生物』を運び入れた。


「いやぁあああああああ!! 助けてぇえええええ!!!!!」


 特別な存在は何やら声を上げているが、言葉は理解できない。

 ただ、その『特別』を抱く彼は、生まれて初めての幸福を感じていた。


 そう。

 彼……炎龍は、生まれて初めて『恋』をしたのである――

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