第三十話 龍種に手を出すなんて正気!?

 人間界とは違う世界を『魔界』と呼称しているわけだが。

 その中でも特に危険とされる世界がある。


『カオス』


 そう呼ばれるその世界では、秩序が一切ない。たとえばこの前に行った『インフェルノ』は荒廃した世界だったが、破壊の魔王を中心に秩序やルールがあったように思える。


 でも、カオスにおいてそんなものはない。あらゆる魔物がナワバリを争い合い、殺し、常に秩序が変動している。故に人間は混沌(カオス)と呼び、その世界に訪れることを躊躇う。


 しかし、逆に考えると、他の世界では見られないような魔物が多数揃っており、希少な素材が手に入る唯一の場所でもあった。


 訪れるリスクも高いが、メリットも大きい。

 無事に帰還してレア素材を持ち帰れば、人間界の発展へと貢献できる。


 あの炎王様も、アイスゴーレムを討伐しにカオスを訪れたらしい。

 しかしそれ以降は一度も足を踏み入れてないはずだと女勇者から聞いていたので、それほどまでに危険な旅路だったということだろう。


 英雄が二度と足を踏み入れたくないと思うような危険な世界『カオス』。


「【転移】」


 そこに俺たちはやってきた。


「ひぃいい……ほ、本当に来ちゃったの? あの『カオス』に? あたしのレベルだとまだ早いかなって思うから、帰りたいんだけど……」


「誰のために来てると思ってるんだよ。我慢しろよ」


 隣で怯えている女勇者にため息をつく。

 経緯を話すと長くなるので割愛するが、とにかく女勇者と炎王様の婚約を解消するためにカオスを訪れているのだ。ちょっとは我慢してほしい。


「しかも『炎龍』を倒すんでしょ? 龍種に手を出すなんて、やっぱりやめない? 龍種ってとても危険なのよ? 歴代の勇者様の中でも、初代の『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれた勇者様しか倒してないもの」


 龍とはそれだけ凶悪な魔物である。

 決して触れてはならない、というのが人間界の常識だった。

 でも、だからこそ、その素材は上質だろう。壺作成の素材に相応しい。


「ダメだ。絶対に炎龍がいい」


「な、なんで? 火炎耐性のある素材なら、他のでも良くない?」


「良くない。俺はな、人生は妥協できる。結婚相手もある程度優しくて可愛ければ妥協できる。でも、壺作りだけは妥協できないんだ。壺職人としての矜持、というやつだな」


「……ちなみに、今まで作った壺の数は?」


「1個」


「ある意味すごいわ。それで職人を自称する厚かましさが逆に清々しいもの」


「惚れるなよ。お前の顔はそこそこ好きだけど、性格が無理」


「なんであたしは振られてるの? 死ね」


 この状況に至ってなお生意気な女勇者にちょっとむかついた。


(……そうだ! こいつを囮にしよう)


 せっかくだし、女勇者にも役立ってもらうことにした。


(炎龍が好むフェロモンを魔法で生成……それを女勇者に付与)


 無詠唱で魔法を展開。こうしたいなぁって願うだけで、それっぽい魔法が発動できた。

 よし、女勇者は魔法で炎龍が好むフェロモンが出るようになった。


 これで炎龍の気を引くことができるだろう。


「炎龍を探すぞ!」


 それから探知魔法を発動しようとしたのだが。


「……え? あれ? あっちから飛んできてるの、炎龍じゃない!?」


 女勇者が叫ぶと同時、空から轟くような咆哮が響き渡った。


『グルァアアアアアアアアアアアア!!』


 見上げると、そこには二十メートル以上は余裕である龍がいた。

 灼熱を連想させる深紅の龍は、陽炎を纏いながらバサバサと翼を羽ばたかせている。


 その視線は、女勇者に真っすぐ注がれていた。


「あ、あれ? なんかあいつ、あたしを見てない?」


 女勇者は怯えて俺の後ろに隠れようとする。その体を無造作に掴んで、空に放り投げた。


「囮役、よろしく」


「え?」


 ぽかんとする女勇者は、空を漂いながら泣きそうな表情を浮かべる。


『グルァアアアアアアアアアア!!』


 しかし涙が流れる前に、炎龍が彼女を捕まえた。小さな手で器用に掴み、炎龍は反転して遠くに飛んでいく。


「いやぁあああああああああああ!?」


 徐々に小さくなっていく悲鳴を耳にしながら、俺はニヤニヤと頬を緩めるのだった。

 ざまぁ(笑)

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