第二十八話 初めてのちゅー
現在の状況。
自宅の床で、女勇者にマウントポジションを取られていた。
彼女は今にもキスするぞと言わんばかりにおでことおでこをくっつけている。
「壺? 壺なんて遠まわしなことしなくていいでしょ。あんたがあいつを殺せばいいのよ」
すぐ目の前で、女勇者の形のいい唇が動く。俺はその唇に襲われないよう、できるだけそっぽを向きながら言葉を返した。
「それだと俺が犯罪者になるだろっ」
勇者保護法によってあらゆる特権を与えられている勇者に手を上げたら、俺は犯罪者となるだろう。ギルドから討伐依頼が出されて、勇者とか上位冒険者に命を狙われてしまうはずだ。
そんなの、俺が望む平穏な日常とは程遠い。
なので、殺害という案はもちろん却下である。
「別にいいじゃない。あんたが犯罪者になってもあたしは平気よ?」
「俺が平気じゃないんですけど」
「あたしはね、あんたのことなんてどうでもいいの。逮捕されようがぶっ殺されようが関係ないわ。とにかく、あの白髪ナルシストイケメンクソ野郎を殺しなさい? 分かった?」
「分かんないでーす」
どこまでも自分本位である。ちょっとむかついたので反抗してみたのだが、
「あっそ。じゃあ、ちゅーしてあげるわ」
彼女が血相を変えて俺にキスをしようとしてきたので焦った。
「ぎゃー! やめてっ。マジでくっつく! くっつくからっ」
手でどうにか彼女の顔を押さえながらキスを回避する。
しかし、今はとても危うい状況だった。
俺は今、かつてないほどに女の子と密着している。
さっきからとてもいい匂いがするし、彼女が動くたびに柔らかい肢体に触れるし、いい加減にやばい。
俺も男だ。こんなにくっついていては理性が崩壊してもおかしくないので、さっさと話を進めることに。
「とにかく話を聞け!」
それから俺は、早口で俺の考えを説明した。
炎王様と女勇者の婚約を解消させるための作戦である。
簡単にまとめるとこんな感じだ。
『婚約解消大作戦』
手順1.絶対に割れない壺を作成します。
手順2.炎王様に壺を割ってみろと煽ります。
手順3.煽られた炎王様が壺を割れなくて怒ります。
手順4.ムキになった炎王様が壺を割れなくて発狂します。
手順5.炎王様が発狂して精神が崩壊して死にます。
手順6.女勇者の婚約が解消されます。
我ながら完璧な作戦である。
わずかな抜け穴すら見つからない計算づくの緻密な作戦。
こんなことを聞かされては、さすがのバカでアホでうんこな女勇者でも、俺に対する認識を変えざるを得ないだろう。
そう思っていたのだが。
「うわぁ……頭悪すぎでしょ。もうちょっとマシな知性を持ってると思ったのに、失望したわ」
あれー? 逆に評価が下がってしまった。
しかしながら、全部が全部悪かったわけではないらしく。
「でも、手順4までは悪くないと思うわ。確かに、壺が割れない勇者なんて恥だもの……そんな姿を婚約者の前で見せることになったら、あのプライドの高いナルシスト野郎は死ぬほど悔しがるはずだわ。あたしも、『壺も割れない人と結婚するのは無理』って断る方便ができるし、悪くないと思う」
なんとか及第点だったらしい。ま、炎王様が壺を割れなくて発狂したら、後は女勇者に任せるとしよう。
よし、やるべきことは決まった。
後は実行するだけである!
「……じゃ、よろしくね。一応、前払いしておくわ」
え? 何を払うの?
と、聞き返す間もなく。
「ちゅー」
俺は、初めてのキスを奪われた。
……奪われた!?
「てめぇええええええええええええええええええ!?」
抵抗しても遅い。俺の唇は完璧に彼女の唇と重なっていた。
いや、それどころか、あいつ……舌までバッチリ入れやがった!!
「ふひひっ。これで、あたしもあんたも穢れたわ……お互いに穢れ者同士、仲良くやりましょう。裏切ったら、ナルシスト野郎にこのことを言うからね?」
ばっちり脅迫してきた彼女を横目に、俺はぐったりと床に寝転んだ。
こんなのあんまりだよ(泣)
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