第二十三話 炎王様は頭がおかしい

 炎王様。そう呼ばれる勇者が、土下座する俺に敵意を向けていた。

 興奮してるようで、炎王様の体から火炎が立ち上っている。怒りのせいで魔力の制御ができなくなっているのだろう。その漏れ出た魔力が、炎王様の属性である【火炎】となって放出されているのだ。


 空間の温度が上昇していた。

 女勇者とは比べものにならない魔力の圧に、俺は思わず欠伸を漏らした。


(こんなもんか)


 うーん、女勇者とはレベルが違うけど、破壊の魔王に比べたらちょっと劣るかなぁ。

 でも相手は立場ある勇者様。もちろん手を出すわけにはいかないので、俺は土下座したまま炎王様のご怒りを鎮めようと努力した。


「待つでやんす! 俺は別に奪ってないでやんす!」


「そうです、炎王様……彼は何も悪くないの。あたしが勝手に好きになっただけなんです!」


 おい、その擁護に見せかけた扇動をやめろ。お前の発言は火に油を注いるんだよ!

 そんなこと言ったら、余計に炎王様が怒っちゃうだろうが!


「ほう? そこまで彼女の心を奪ったのか……ブサイク君、君は『フレイム家』に喧嘩を売ったようだね」

 売りだしてもないのに勝手に買わないでくれませんかねぇ。

 何を言ったところで、炎王様を説得することは難しそうだ。だってこいつ、女勇者の言うことしか聞かないのである……俺の発言なんて気にも留めていないようだ。


 どうしたものだろう。この際、いっそのこと殴ってみようかな?

 だけど、手を上げてしまったら『勇者保護法』に反してしまう。俺は罪人に仕立て上げられるだろう。

 炎王様はどうも格式高い貴族のようだし、俺の立場はかなり危うくなりそうだ。


 俺は平穏な生活を送りたいだけの一般人である。余計な角は立てたくないので、なるべく穏便に済ませたかった。


「ハニー、君はマリッジブルーになってるだけだよ。そうでないと、こんなブサイク君に恋をするわけがない。彼には何もないじゃないか! まるで物置のような家屋で暮らし、金のない貧乏人らしく慎ましい生活を送り、挙句の果てには特徴のない顔でモテない人生を送っているんだよ? そんな彼を好きになるなんて、ありえないよ」


 炎王様は言いたい放題である。

 なんとなくだけど、女勇者が拒絶する理由が分からなくもなかった。


 こいつ、性格が悪い。いや、悪いなんてレベルじゃない。最悪というか、ちょっと関わり合いになりなくないくらいに頭がイっちゃってる。


 これなら、女勇者の方が全然マシだった。彼女が自分を普通だと認識していた理由が分かった気がする。他の勇者もこんな感じなら、女勇者はマジで普通だと思った。


「ええ、ごめんなさい……あたし、彼に全部を捧げたいの」


 よっぽど嫌なのだろう。女勇者は「キモい」と評していた俺をぎゅーっと抱きしめていた。鳥肌が立っているように見えるんだけど、笑顔で我慢している。まるで恋する乙女のような密着具合だった。


 それを見せつけられて、炎王様は女勇者の言葉を信じてしまったようで。


「やれやれ、これはちょっとだけ時間を空けた方がいいかな……君はきっと、結婚前にちょっとだけ不安になっているだけだよ。僕は優しいから、目が覚めるまで待ってあげよう」


 呆れたように肩をすくめていた。セリフは優しいのだが、目がまったく笑っていないのでなんか怖いです。なんで俺はこんな狂人と敵対しちゃっているのだろうか(泣)


「残念ながら、今から僕は任務に着手しなければならない。一週間ほど、遠征に行く予定でね……本当は、ハニーを連れて行くつもりだったんだけど、それは諦めよう。一週間後、また迎えに来るよ。その時までに、気持ちを整理しておいてくれ」


 そう言って、炎王様は俺の家を見渡した。

 何かを探しているようで、それがないのを確認すると、大げさなため息をついた。


「まったく、貧乏人の家はこれだから困る……おい、壺は用意してないのかい?」


 どうやら壺を探していたらしい。そういえば俺が壊しちゃったのでなかった。

 新しいのを用意しようと思っていた矢先に炎王様がご到来したのである。


「学のない田舎者に教えてあげよう。君たち一般人はね、僕たち勇者を支援する義務がある。その命を捧げてでも、僕たちの役に立たなければならない。本当は、財産の全てを捧げるべきだと思うよ。でも、僕たち勇者は優しいから、君たちの生活を考えて全てを奪うことはしない。その代わりに、壺を壊してるんだよ。『その家にある最も高価なものを勇者に捧げた』という名目を作ってあげて、勇者保護法に反しないことを証明してあげてるんだ」


 ……ふむふむ、なるほど。

 女勇者は金銭のために民家を漁ると言っていたが、金のある地位が高い勇者にはその必要がない。だから、あえて壺だけを壊して、一般人から『支援してもらった』ということにしてあげているのか。


「それなのに、君は壺を用意していない。でも僕は勇者だから、君から支援をしてもらわなければならない……だから、こうされても文句は言えないよ? 【火炎フレイム】」


 言葉の直後だった。

 突然、炎王様が火炎魔法をまき散らした。凄まじい業火が一瞬で広がり、俺の家を燃やす。


「っ!?」


 女勇者が止めようとしたが、もう遅かった。


「ふぅ、家屋全焼で君の無礼さに目をつぶってやろう」


 ――家が、燃えた。家具も、ベッドも、エロ本も、全部燃えた。

 後には、燻る焦土と、俺たちしか残らなかった。一応、俺と女勇者には被害が及ばないように火力を調整したのだろう。その精密な制御は、さすが勇者と評するに値する。


「それじゃあ、一週間後……また迎えに来るよ、ハニー。準備して待っていてくれ」


 そう言い残して、炎王様は去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、俺は思わずこんなことを呟くのだった。


「……やっべぇぞ、あいつ」


「でしょ? あたしも、あいつ大嫌いなのよ」


 俺の発言に、珍しく女勇者も同意してくれた。

 

 炎王様は頭がおかしい――

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