第十二話 魔王(笑)

 ――インフェルノ。

 暴虐に満ちた理不尽なその世界は、おおよそ生物が生きるには難しい環境である。


 人間界のように太陽はない。昼間と言う概念もない。常に夜で、唯一の光源は不気味に赤い月のみ。

 だというのに気温は異常に暑く、常にジメジメとしていた。

 植物などほとんどない。どこまでも続く荒れ果てた大地と、微かに沸く水がこの世界の全てだ。


 当然、そんな世界に食料が発生することはない。

 人間界のように植物もないので、それを食べて育つ動物もいないのだ。


 では、その世界に住まう者達は何を食べているか。



 彼らは皆、『住人』を食べて生きていた。



 インフェルノは、流刑の地としてよく利用されている。

 あらゆる種族の荒くれ者や罪人が行きつく、まさに地獄だ。


 生きるために共食いし、弱者を蹴落とす。

 真なる強者のみが生を許される、暴虐の世界。


 そこを統べる『破壊の魔王』常に飢えていた。


「不味い……力もない上に、味も悪い。てめぇらの存在価値はなんだ? 雑魚どもが」


 どこまでも広がる荒野の一角に、異質な空間がある。

 無数の屍が山のように積み上げられたその場所で、屈強な巨人が死体を喰らっていた。


 今、インフェルノは魔王の食事時間だったようだ。

 隠れることに失敗した弱者は、今日も魔王の血肉となる。


 屈強な巨人の魔王は、尋常ではない数の住人を貪っていた。

 この世界では繁栄という概念はない。何故なら、住人なら外の世界からいくらでもやってくるからだ。


 故に、魔王は殺す。

 微塵のためらいもなく、目についた住人に襲いかかる。


 そんな魔王から逃げる、あるいは撃退することが、インフェルノにおける生存権の獲得方法だ。

 自然、生き延びる者は強者のみとなり、魔王の僕として仕えることを許される。


 魔王の隣に跪くエルフも、魔王の僕の一人だ。

 エルフの世界で罪を犯し、インフェルノで魔王に認められ、生存権を得た側近に近い男である。


「魔王様、お食事中に申し訳ありません。ご報告があります」


「発言を許す。言え」


「人間界より、人間の侵入者です」


 人間。その単語を耳にして、魔王は食事の手を止めた。


「人間……珍しいじゃねぇか」


 人間界は魔王が侵略を試みて、何度も失敗を重ねている因縁の場所だ。

 人間側は破壊の魔王をへたに刺激しないよう、罪人さえもこの世界に行かせない。禁忌の場所としている。


 故に、人間界から侵入者が来たと聞いて、魔王は嬉しそうに笑ったのだ。


「フハハハ……殺す。ちょうど、怪我も癒えてきたところだ。今回の侵入者を八つ裂きにして、ついでに人間界も滅ぼしてやるか」


 喰らっていた死体を放り投げ、破壊の魔王は立ち上がる。


「下僕どもを集めろ」


「承知しました。すぐに集めます」


 エルフは指示を受け、早速その場を消えた。エルフに伝わる古代魔法である【転移魔法】を使用して消えたのだ。


 ちょうど、その時である。


「あ、いた」


「ひぃいい……ちょっ、なんであたしまで!?」


 エルフと入れ違いで、二人の人間が姿を現したのだ。


(転移魔法か? 人間が? 何かアイテムでも使ってんのか?)


 いきなりの出現に魔王は顔をしかめるが、と見つける手間が省けたので深くは考えなかった。


「死ね」


 いつものごとく、冷静に。

 息をするかのように、敵を殺す。


 そのために、破壊の魔王は『オリハルコン』のハンマーを振り下ろした――




「パンチ!」




 ――最初、魔王は何が起きてるか理解できなかった。

 魔王のハンマーの一撃に、人間の男が無謀にも拳をぶつけた。あまりの愚行に鼻で笑ったところまでは理解できている。


 しかし、次の出来事――自分の腕が吹き飛んでいることは、魔王にまったく理解できなかった。


 つまり、破壊の魔王の一撃は……たかだか人間のパンチに負けた。

 それどころか、パンチの威力に右腕が耐え切れずに、吹き飛んだ。


「な、なんだこりゃぁああああああああ!?」


 その事実を理解すると同時に、魔王は混乱と恐怖による叫び声をあげるのだった――

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