41.周辺諸国の動き

 ザイツ将軍が死んだ事でゾス帝国の周囲はざわめきだす。


 ゾス帝国と領土の所有権をめぐり長年争っていたパーレイジ王国が動き出したとの一報を聞き、ベルシスは地獄への門が開け放たれたことを自覚した。


 ゾス帝国の内乱に本格的に他国が関与してきた事を意味するからだ。


 無論、これはベルシス自身が画策した事の結果である。


 だが、周辺諸国の動きはベルシスが考えていた以上に大きかった。


 パーレイジの動きに呼応するようにガザルドレス王国が挙兵し、東部の一部諸国がこれに参加したのだ。


 これはベルシスがゾス帝国に属していたからこそ見落としていた事の現れであった。


 ゾス帝国がどれほど周辺諸国を抑圧していたのかという事実を彼はまざまざと見せつけられた心地になった。


 軍事力が強く巨大な版図を持つ国が傍に在ればいつ併呑されるのか各国は気が気でなかったのだ。


 その最高権力者が道理が通る穏当な性格えあればまだしも、道理も通らないような人物となればなお更に恐怖する。


 そこに来て圧政が祟っての内乱騒ぎ。


 反旗を翻した方が連戦連勝するなか、ゾス帝国がかつて戦争に負けたカナトス王国に賠償金の請求額をいきなり上げる通達を出したと知ったならば、どう受け止めるのか。


 いつ自国にもその貪欲な牙を剥いてくるのかと身構え、複数の敵を相手にせざる得ない状況を作り、ゾス帝国を弱体化させたいと思うのは道理である。


 ゾス帝国の影響力が薄まれば薄まるほどに、自国の勢力が拡大できる可能性が高まるのだ。


 ならば、パーレイジらの動きはゾス帝国に戦を仕掛けるだけではなく、ベルシスと同盟を結ぼうと考えても可笑しくはない。


 だが、今のままではベルシスはそれは無いと感じていた。


 下手にベルシスの力が強くなればもう一つのゾス帝国が出来るだけと彼らは考える、そう判断したからだ。


 カナトスやナイトランドは同盟の用意があると言っているが、それはカナトスはベルシスがどのような人物か知っており、片やナイトランドが大国でありベルシスがゾス帝国と同じ規模の国を作ろうと構わないのだろうとあたりを付けていた。


 そのカナトスやナイトランドとてベルシスに力を貸す最大の要因は、ベルシスがゾス帝国に勝利を重ねているからだ。


 勝利し続ける事で味方を増やせるだろうが、味方で居続けさせるにはたゆまぬ外交努力が必要だ。


 そして、今のベルシスにはカナトスやナイトランドとの外交に注力するくらいの力しかないのである。


 自身の現状を踏まえたベルシスはパーレイジ等に対し過度の期待はしないことにした。


 それぞれがそれぞれの利益を求めて動いている結果、共闘は起こりえるがそれ以上のことは起きないだろうと。


 いや、むしろ、ベルシスの勢力が拡大すれば彼らはゾス帝国とも手を結ぶと考えていた。


 今はそんな事を気にする余裕もないし杞憂に過ぎないが、将来的には敵に回ると考えておくのが無難だとも。


 ベルシス・ロガはその点は非常に現実的で冷静な読みを行う男であった。


 そんなベルシスが東方の強国と呼ばれたガザルドレス、パーレイジ、カナトスの三王国の中でカナトスにのみ信頼を置いている状況は面白いと言える。


 ベルシスとカナトス王国とは直接矛を交えた間柄。


 ましてや先王アメデの時代には追撃されて要害化した隘路あいろに立てこもり続けなければならない程に追い詰められた相手だ。


 そうだと言うのに、ベルシスはカナトス王国に対して信頼を感じていた。


 これはその強さを直に感じた所為なのか、現王の人柄に直接触れているからなのかはベルシス自身も判断が付きかねたが。


 ともあれ、ザイツ将軍は死に他の将軍たちは敗戦処理も終わらぬうちにパーレイジやガザルドレスへの迎撃に戻ったために、ベルシスは安心してロガ領に戻ることが出来た。


 そうでなければ、パーレイジの動きなどのんびりと推察している暇はなかっただろう。


 しかし、ロガ領に戻ったベルシスにナイトランドより一つの問題が提示されることになった。


 それは今の現状となっては些末な事であったが、ベルシスにはひどく重荷となる事柄だった。


※  ※


「同盟の条件?」

「当然条件が提示されると思っておっただろう?」


 ロガ領に戻り、自領の防衛を指示しながら忙しく過ごしていたベルシスの元にメルディスが訪ねて来た。


 同盟の締結についての話し合いと言う事で、歓待していたわけだが不意に条件の話を振られた。


 当然な話ではあったが、一体何を提示されるのかと周囲がかたずを飲んでいるとメルディスがにやりと笑って告げる。


「ベルシス・ロガ将軍には王に即位してもらわねばならぬ。そうでなくば、魔王様が盟を結ぶ訳にはいくまい」


 魔王の同盟者は王でなくばならない、格という意味ではそれも条件にするだろうとはベルシス自身も考えていたが提示されたのはそれだけだった。


「他にはないのですか?」

「ありませぬな。ロガ軍との同盟は言うなればゾス帝国に対する戦略的な同盟、軍事的側面の強い結びつき……劣勢ながら帝国軍を何度も跳ね返しておるロガ軍に負担を強いてはそれこそ瓦解する話じゃからな」


 ベルシスの伯母ヴェリエの言葉にメルディスは肩を竦めながら答える。


 今ロガ軍の懐を痛めさせては同盟の意味が消えると言う訳だ。


「ベルシスあにぃが王か。確かにいつまでも将軍ではおかしな話だ」


 従弟のアントンは大いに賛成している様子で頷き、もう一人の従弟のガラルは王冠の意匠をどうしましょうかと野太い声で呟いていた。


「王を望んでいなかった男が王になるか、そいつは皮肉が効いているな。大抵の奴らは成りたがっていると言うのにな」


 リウシスはおかしげに腹をゆすって笑い、傍らに立っていたフレアに脛を蹴られ、苦痛に顔を顰めた。


 シグリッドは黙して何も語らないがそれも当然という顔をしている。


 だが、ベルシスが何よりも、誰よりも気になったのはコーデリアの反応だった。


 一瞬嬉しそうにしたが、すぐに意気消沈してしまったかのように俯き、顔を上げれば平素の彼女がそこにいた。


 その感情の流れはどう解釈すれば良いのか、ベルシスには分からなかった。


 そしてコーデリアについてもそうだが、何よりもベルシスの心が問題だった。


「ならねばならんか?」

「ならん。で、なければこの話はなかったことになる」


 ベルシスがロスカーンに背いたのは王になりたかったからではない、少なくとも彼は、彼だけはそう信じて行動していた。


 それはリウシスの言葉にある様に周囲に知られてもいた。


 ロスカーンの実兄であり第二皇子たるレトゥルスが伏せているとはいえ、いまだに存命されているうちに王を名乗るなど、レトゥルス派と目されていたベルシスにはできる事ではなかった。


 だが、ここで受け入れねばナイトランドとの同盟が立ち消えになる。


 同盟がなれば不要な戦を回避できるかもしれないし、何より部下の命とベルシスの命を長らえさせることが出来る可能性が高まる。


 帝都との距離を考えれば、帝国がロガ領に自治を任せる事などありえない、それを受け入れるには帝都とロガ領は近すぎた。


 ましてや信頼関係が全くと言って良いほどに無いロスカーンが皇帝であるのならばなおさらに。


 兵を率いている以上、個人の好悪を超えて動かねばならない時がある。


 そう頭では分かっているのだが、感情が頷きを返すことを拒んだ。


 しばし、黙って考えを巡らせていたベルシスはやっとの思いで口を開いた。


「一晩だけ考えさせてくれ。同盟を受け入れる利は心得ている。だが、心を納得させるのに少し時間がかかる」

「良かろう、明日の早朝に答えを聞こう」


 メルディスはそうなる事を予測していたのか、特に驚きもなくベルシスの言葉を受け入れた。


<続く>

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