40.暗躍

 カナトス王ローランはベルシスに賠償金のことを打ち明けたが、本題はこれからだった。


 だが、それを人前で口にするに憚られたか彼は一度口ごもり、背後のシグリッドへ視線を投げかける。


 するとシグリッドは微かに頷き、コーデリアやその一行に声を掛けた。


「一度、我らは天幕の外に出ませんか?」

「え? でも、アタシは護衛で」

「コーディ嬢ちゃん、指導者同士で腹を割って話し合おうと言うのを邪魔していかん」


 老神官ドランがコーデリアを諫めると、彼らは一礼してシグリッドと共に天幕の外へと向かう。


 最後にコーデリアが心配そうにベルシスに視線を投げかけると、ベルシスは大丈夫だと頷き見送る。


 その姿が消えてから、ローラン王は微かに笑みを浮かべて。


「好かれておりますな」


 そう告げた。


「どう言う訳か。それで何をためらわれました?」


 ベルシスが肩を竦めながら答えを返し、その後話の続きを促す。


「ギザイアと言う女についてです」

「ああ」


 ローラン王が人前で口にしたがらない事からおおよその予測はベルシスにはできていたが、その名前が出されると思わず天を仰いだ。


「彼の者の出自に目途が付きました」

「出自? バルアド大陸の訛りがあったと聞いておりますが」

「ええ、そうです。バルアド大陸に古くからあるオルキスグルブ王国に所属する高位の巫女であろうと……」

「巫女?」


 神職ではないかと言うローラン王の言葉にベルシスは意外そうに隻眼を丸くした。


 帝都に来てからに過ぎないが彼女が何らかの神を信奉している様子に心当たりがなかったからだ。


 また、オルキスグルブ王国所属という点が非常に引っ掛かりを覚えた。


 非常に閉鎖的で秘密主義の王国であり、信仰も三柱神とは無縁の神を信仰しているとか。


 その信仰の在り方は非常に稀有な事だ。


「オルキスグルブでは信仰は万人の物ではありません、支配の確立と民へ恭順を強いる道具だそうで」


 ローラン王の声は苦々しい。


 確かに彼らは支配層に位置する人間ではあるが、ガト大陸の常識では信仰を道具とすることはタブー視されている。


 神に選ばれし三勇者にロスカーンが魔王を討伐を命じた事は、各国の王から見ても驕りたかぶり常識を逸脱した行為として認識されていた。


(しかし、なるほど……)


 ベルシスはそこまで聞いて合点がいった。


 信仰が支配の道具であるならば、ギザイアは支配者層としての神職であり、異国においてもその信仰に揺るぎなく活動する間者と言う訳だ、と。

 

「彼女は我が父の妃であったころ、ある神についての信仰を問うたことがあったそうです。その神の名は造物主にして破壊神と転じた病める大神」


 ベルシスはその神の名を聞き眉根を寄せた。


 創世神話の最後で、人々を造り上げた病める大神は創造物である人に絶望し、自らを異形に変えて創造物全てを滅ぼそうとして他の神々に討たれている。


 そんな神を信奉する集団は、時折ガト大陸にも現れ騒ぎを起こしていたが、まさか国家単位で病める大神を信仰する国があろうとは思えなかったのだ。


「ギザイアの件は何処から?」

「ゾス帝国バルアド総督、トウラ将軍より」


 ベルシスは情報の信ぴょう性を知りたく出所を問えばローラン王は思いも掛けない名前を告げた。


「トウラ将軍が?」

「長年、彼の国を調べ続けて至った結論であると伝えておりました」


 驚き隻眼を見開いたベルシスにローラン王は静かに頷き告げる。


 バルアド大陸にて古くは今は亡き皇太子ファルマレウスを補佐し、彼の地を守り続けているトウラの言葉であればベルシスも納得せざる得なかった。


「なれば、彼の国とはいずれ決着を付けねばならないでしょうね。今を生きる人間として」


 ベルシスのその言葉にローラン王も大きく頷いた。


(しかし、これでギザイアがこれほど無茶をやる理由が分かった、あの女は全て計算ずくで人間社会を衰退に導こうとしている訳か)


 そう思えば自然とため息がこぼれ落ちる。


 利も理もなく狂信のままに破壊を振りまくのも人の一つの形かとうんざりしながらも、ベルシスはローラン王と今後の対策を話し合った。


※  ※


 カナトスよりもたらされた情報を裏付けるべく、ベルシスはトウラ将軍と接触を試みる事に決める。


 とは言え、表立っては動けない以上は間者を放つ事になるが。


 その一方でベルシスには対処すべきことがまだあった。


 未だにアルスター平原へと進軍を続けているザイツ将軍率いる五万の帝国軍だ。


 川を用いて補給線を確立しながら進む帝国軍の速度はそこまで早くはなかったが、再び戦場をアルスター平原とするのか、もっと別の場所で戦うのかを考えるほどの時間は与えられていない。


 これ以上帝都へと詰めれば今度はロガ軍の補給線が伸びる。


 僅かに数日の距離が明暗を分ける事をベルシスは知っていたが、サネイ川、モラ川の支流を用いて補給線を伸ばせることも知っていた。


 帝都に詰める問題と言えば、帝国臣民にロガ軍は侵略の意図ありと受け取られかねないと言う危険があるくらいだろう。


 これを無視すべき問題と捉えるか、重大な問題と捉えるかは将によって異なるだろうがベルシスはこれを重大な問題であると考えた。


 帝都へと進むにしてもまだ早い。


 同盟をしっかりと結び、周囲を離反させてから帝都に攻めるのでなくてはならないと言うのがベルシスの考えであった。


 そうする事で余計な血を流さずに勝ちを得ることも可能だからだ。


 だから、ベルシスの考えではロガ領に引きずり込む形で迎え撃たねばならない。


 アルスター平原のロガ側にある丘陵地を超え更に戦場に適した場所となればどこか、ベルシスが地図を睨みながら考え込んでいると思いも掛けない報告がもたらされた。


「帝国軍が撤退しています」

「ここまで来てか?」


 何かの策ではないかと方々に間者や偵察の兵を送りベルシスは帝国軍が慌てたように撤退している事を確認した。


 その理由は当初は明らかではなかったが、答えはゾス帝国が教えてくれた。


 帝国が声明を出したのだ、ザイツ・カールツァス将軍がロガ軍の伏兵に攻撃され応戦、その際に流れ矢を受けて重傷を負ったと。


 だが、これはベルシスにとっては寝耳に水である。


 確かにディアナ隊を用いれば可能であったかもしれないが、それを行えばディアナ隊は生きて帰れなかっただろう。


 傭兵がそんな条件を飲むはずがないし、現に彼女の部隊は健在である。


「つまり、将軍の策じゃない?」

「五万の兵に囲まれた用心深いであろう男を射抜くのは並大抵じゃ無理だ。それにそんな事はまず思いつかんよ」


 軍議の席でフィスルに問われベルシスは軽く頭を左右に振って告げた。


 当のディアナも軍議に呼ばれ、自分の仕事ではないと首を左右に振った。


「戦場の喧騒に紛れて敵将を射抜いたことはある。けれど、行軍中の大軍相手にやったことはない、いや、出来る者がいるとは思えない」


 居るとすれば自分より遥かに凄腕の射手がいることになると、ディアナは不服そうに言った。


 皆が一体どういうことかと騒いでいる中、ベルシスは何故かカルーザスを思い出していた。


(あいつ、この間なんて言っていた? 確か……私も全ての障害をしてから挑もうって言っていたよな……。その様な謀をする男ではなかった筈だが……)


 ベルシスはザイツの死に何か空恐ろしい物を感じていた。


<続く>

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