39.カナトスの事情
アルスター平原に陣を構えた帝国軍を打ち破ったベルシスであったがその勝利に浮かれている時間はなかった。
ベルシスからすれば信じがたい事だがゾス帝国の援軍を指揮するザイツ将軍が引き上げるでもなくアルスター平原に向かている事が知れたからだ。
ゆえにベルシスは戦いに勝ったという喜びを抑え込み、間者を方々に放ちザイツやそのほかの帝国の動きを把握する事に努めた。
その一方でベルシス・ロガが三将軍に勝った、再び大軍を退けたのだと大いに喧伝させた。
数倍の敵を相手に再び勝った、これはまぐれではないのではないか? と周囲を惑わすためだ。
ただの一度の戦いでも数倍の敵に勝つ事は難しいのは道理だが、それでも一度だけではまぐれとまでは言わずとも時の運だったのだろうと大方の者は思う。
ベルシスとてそれを否定する気はないが、この勝利を徹底的に活用する。
大軍を退けるのも二度目となれば、それも将軍に就任して間もなかったアーリー将軍が相手ではなく、将軍を務めて相応の年月を経ている三将軍が相手だった事は大いにベルシスの勝利に花を添えた。
結果としてこれからしばらく人々はベルシスのkとを語り合うことになる。
反皇帝派の人々は嬉しい誤算をもって、皇帝派の人々は苦々しさをもって、ベルシス・ロガは死なず、と。
これは勝利と言う分かりやすい結果を見せているために生じていたが、ベルシスは自分がしばらく語り草になるなどこの時は考えてもいなかった。
逆に高まるであろう自身の評価が一瞬で崩れ去る危険性を先に理解していた。
人の心は移ろいやすく、風向きが変わればその旗を変える事など日常茶飯事。
風向きで靡く者達をロガの旗に呼び寄せるには、今回のような宣伝工作は不可欠だ。
もちろん、そんな風に旗を変える者は危機に瀕してはこちらを助けるどころか攻撃してくるかもしれない事はベルシスも承知している。
だが、それは当然の事。そんな事にいちいち目くじら立てるよりは利用できるときは利用するのが得策だ、そのように割り切っていた。
そんな考えのベルシスは間者に指示を飛ばしながらも、もう一つ臨まねばならない物がある。
それも早急に。
なにかと言えば援軍に来てくれたナイトランド、およびカナトスと同盟の締結に向けた外交活動である。
※ ※
ナイトランドの魔王に対しては、格下であるベルシスがナイトランドまで赴く事が礼儀であろうし、多分そうなる。
彼の国はガト大陸でもっとも古くから存在する国であり、ゾス帝国と正面切って戦える強国である。
そのナイトランドが何ゆえに動いたのかはフィスルとメルディスの尽力によるものと察せられたが、カナトスが援軍を、それも王自ら率いてきた事に対してはベルシスは訝しんだ。
それを確かめるうえでも、またそれを抜きにしても王自ら援軍に出向いてくれたカナトスに対して、その陣中に赴き感謝の意を伝えるのは当然の事だ。
「ベルシス・ロガである、ローラン王ご自身が援軍を引き連れてくださったことに深くお礼を申し上げたく、陣中にまいった。お目通しの許可を頂きたい」
ベルシスは戦い終わったその日の夕刻にはカナトスの陣に出向いてその様に口上を述べた。
出迎えたカナトス兵士はざわつき、騎兵の鎧を纏った壮年の男が急ぎ現れてローラン王の元へと案内してくれた。
「将軍自ら出向いて来られるとは思いませんでした」
「王自ら出陣されたと聞けば、まいらぬ訳にも行きますまい」
互いに少しばかりぎこちない会話ではあったが敵意は殆どなかった。
数年前まで争っていた間柄なのに。
それにベルシスが僅かに四名の護衛のみ、それも明らかに軍属では無い者を連れてやって来たのでカナトス側としては戸惑ってもいた。
「シグリッドさんは何処かな?」
「コーディ、あまり陣中をきょろきょろ見る物ではありませんよ」
「俺としては麗しのシーヴィス様がいらっしゃってくだされば言う事が無いんだけれど」
「王の御前でそれを言うなよ、マークイ。お前さんのそう言う所は肝が冷えるわい」
(……なんて物見雄山な感じの護衛達だ……いつも通りだけどさ)
ベルシスの護衛は勇者コーデリア一行であった。
ベルシスが少数の護衛のみで赴くと伝えると真っ先に護衛に名乗り出たのがコーデリアだった。
曰く、ロガ軍の者を連れて行っては角も立つし、その点コーデリアであれば第三者なので下手に刺激しないからと、普段はしないアピールまでした。
誰かに知恵を授けられたのかとも思えたが、ベルシスは護衛とするならば彼女ほどの人材はいないので了承した。
ベルシスは自分に好意を向け、それを隠そうともしないコーデリアと言う少女に好意を持ち始めていた。
ただ、自分は彼女の村を守れず、今の状況下ではすぐに戦死するかもしれない立場であり、なおかつ大分年が離れている事で素直に自身が持つコーデリアへの好意を受け入れることが出来なかった。
陣中でそんな事を考えてしまい、ベルシスが頭を左右に振っているとローラン王の天幕にたどり着いた。
「ベルシス・ロガ殿がお越しになりました」
「護衛の方々共々、天幕に入っていただけ」
「御意にございます」
案内役の壮年の騎兵は天幕の入り口を持ち上げて、我々に中へ入る様にと丁寧に告げた。
ベルシスが天幕の内部に足を踏み入れると、数年前よりも成長したローラン王がそこにいた。
「お久しぶりです、ロガ将軍」
「お久しぶりです、ローラン王。この度の援軍、誠に感謝いたします。……ですが、一体なぜと問うても?」
ベルシスが開口一番に問いかけると、ローラン王の後ろで控えていたシグリッドが驚きに目を丸くした。
ローラン王は椅子に座したまま、驚くでもなく微かな頷きを返し口を開く。
「ロガ将軍としては気になるところでしょうね。貴方は命の恩人ではあるけれど、国を挙げて助けるべき人物かと問われると……」
「まずありえませんな。ですが、カナトスが危機に瀕しており、私と言う存在がある事でカナトスが生き残る道があるとなれば話は別ですが」
ローラン王は苦笑いを浮かべて、再度頷き。
「ご慧眼ですな。……やはりあなたも恐ろしい人だ、ロガ将軍。その辺りも話す必要がありましょうから、まずはお掛けください」
そう告げられてベルシスは自分がどうも先走り過ぎたようだと思えば、一つ息を吐いてから失礼と声をかけて椅子に腰を下ろす。
「お察しの通り、カナトスは危機に瀕しております。ゾス帝国が賠償金の値上げを通達してきたのです、払えなければ貴国の存続も危ぶまれるという一文も添えて」
「それは……無体な。しかし、そう言う事であれば納得できますね」
「そう、我がカナトスは貴方に戦っていてもらいたいのです、ロガ将軍。その間はゾスの攻勢は無いのですから」
王の言葉にベルシスは安堵した、カナトスの行動にはしっかりと打算が働いていたからだ。
ベルシスの考えでは、善意であれ打算なく動いた場合その行動は突然翻る場合があり、非常に危険だと考えているからだ。
人の善意を信じないと言うよりは国家間の善意は信じない。
これが自然災害よりの復興などであれば話は別だが、こと戦においては善意で他国が動いてくれるなどと思う将軍はいない。
だからベルシスはそうでは無いのだと知れただけで大分気が楽になった。
(楽になったが……。この内戦時に賠償金の値上げとは帝国は何を考えているんだ?)
ただ、今度は帝国の行動に疑念が生じる。
「しかし、この時期になぜ貴国の賠償金の値上げなど……」
「それは戦費に充てるつもりのようですね、二度も火急に軍を動かした事で大分散財したようですから」
訝しむ様子のベルシスにローラン王は微かに笑いながら告げた。
その言葉を聞いてベルシスは幾分引きつったような表情を浮かべていた。
自分のせいで賠償金が跳ね上がったと聞けば、致し方ない事ではあるが。
<続く>
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