38 アルスター平原の戦い 決着

 帝国軍の将軍パルドはロガ軍への援軍を知り浮足立ち動揺する兵士達を落ち着かせる為に、各部隊長に指示を飛ばし、動揺を抑えさせることに注力していた。


 その一方で幾度となく主将であるセスティー将軍に伝令を飛ばしていたが、その伝令は一人としてセスティー将軍の元に届く事は無かった。


「伝令の一人が流れ矢に射られ落馬しました!」

「……流れ矢? 伝令だけをこうも狙うような流れ矢があるものか!」


 冷静を信条としているパルドではあったが、副官の報告に怒りをあらわにする。


「カナギシュ騎兵の戦い方を伝えねば中央のセスティー軍団は混乱する。そこをカナトス騎兵やゾス騎兵に突かれては一たまりもないのだ」


 それから、大きく息を吸って吐き出すと普段の冷静さを取り戻した。


 こんな事を今更副官に言わねばならない状況に苛立ちを覚える。


 彼はパルドが将軍になって以降、普段行動を共にしていた副官ではない。


 上層部からの指示を伝えると言う名目で送り込まれた貴族の子弟だ。


「そ、それでは伝令を重点的に狙っていると?」

「ロガ将軍ならば私とテンウがゴルゼイ元将軍の下でカナギシュ騎兵と戦った事も知っている。そして、普通の騎兵と同じように対処するなと伝えるだろうとも踏んだのだろう」


 だが、いかなる手段か伝令のみを狙い撃ち、こちらの情報共有を阻んでいる。


 無論、セスティーにも以前より伝えてはいたが、実際にその戦闘方法を目にしていない彼女ではどこまでこちらの意が汲めたか分からない。


 それは彼女に想像力がないのではない、騎兵と言う存在が騎馬民族とゾス帝国とでは大分意味合いが違うと言うのは目にしなくては分からないのだ。


 最も、西方諸国の一国に生まれ、カナギシュ族を間近に見て来たパルドにしてみればゾス騎兵の在り方の方が異質に思えるのだが。


「ちっ、このままでは帝国は長い戦争状態に突入するぞ……」

「逆賊ベルシスの反逆がそこまで大ごとになりますか?」


 副官が敵将を呼び捨てにしている事もパルドには気に入らない要因だった。


「ゾス帝国を蛇蝎の如く嫌っている連中も多い。奴らは帝国の力が弱まれば食らいついてくる」


 例えば、自分の生国などがとまでは口には出さずとも、パルドは西方諸国に渦巻く帝国に対する劣等感とでも呼ぶべき感情をしている。


 それがカナギシュ族に金品を提供し、勢力の拡大に寄与している事も。


 パルドはそんな女々しい策しか実行できなかった西方諸国に反発し、国を飛び出し単身ローデン地方に転がり込んだ。


 そこでパルドを拾ったのが当時ローデンに赴任していたゴルゼイ将軍だった。


(ゴルゼイ将軍もベルシス将軍も敵にも敬意を示しておられたが、ゾス帝国の貴族全てがそう言う性質ではないか。分かってはいたがな)


 パルドは今戦っている相手であるベルシスや自分を拾ってくれたゴルゼイを懐かしく思い返す。


 ベルシスの後にローデンに赴任したゴルゼイはカナギシュ族との小競り合いを行いながらも、人種とわず広く人材を求めていた。


 若いカルーザスやベルシスが活躍していた頃であり、老いを感じ始めたゴルゼイは自身に子が無かったので後継者を探していたのだ。


 家督を継ぐと言う意味の後継者ではない、帝国を長年守り続けてきた将軍としての後継者を。


 それに選ばれたのがパルドとテンウである。


(ゴルゼイ将軍の名誉の為にもこのままおめおめと負ける訳にはいかぬ……。いかぬが、果たしてベルシス将軍を討つのが帝国にとって正しい事なのか?)


 パルドの感じる迷いはセスティーからも、そして猪突猛進の馬鹿ことテンウからも感じていた。


(やりにくい。先帝の頃であれば胸を張って戦えたものを。いや、その頃であればこの戦自体ないか)


 先帝に対してのベルシスの忠誠は紛う事なき本物であった。


 そんな男が反旗を翻さずにおれない状況こそ、正すべきなのだ。


 だが、そう言葉にするのは簡単だが絶対権力者である皇帝に反旗を翻すと言うのは早々できる物ではない。


 いかんともしがたいジレンマを感じて、パルドが首を左右に振る。


(今はこんな事を考えている暇はない……)

「兵の動揺は収まったか? 収まり次第、ロガ軍の陣に突撃を」


 そこまで告げた所で兵士が転がるようにパルドの元にやって来て。


「中央の陣を攻撃したカナギシュ騎兵がこちらにっ! それにこうしてナイトランド騎兵も来ますっ!」


 そう叫んだ。


※  ※


 カナギシュ族を指揮する族長ファマルの息子ウォランは、一度戦端が開かれれば休むと言う事を知らなかった。


 義理とは言え従兄弟となったベルシスの為に、妻の家族の為に、そして何より妻と息子の為にゾス帝国軍が相手でも存分に暴れまわった。


 カナギシュ族はウォランの後に続き帝国軍に混乱を振りまいた。


 帝国北西部の守りに付いた事が無ければ、殆どの帝国軍兵士は馬上で走りながら矢を射かけてくるような騎兵と出会った事が無い。


 話としては聞いていたが、実際に見ると聞くとでは大違い。


 ましてやその矢に狙われるとなれば容易く恐怖と混乱が場を支配した。


 そこにセスティー軍団の陣にはカナトス騎兵とロガ騎兵が、パルド軍団の元にはナイトランド騎兵がそれぞれ襲い掛かったのだ。


 精強で知られるナイトランド騎兵の数は三千。


 パルド軍団にも恐怖と混乱をまき散らしたカナギシュ騎兵の後に彼らが突撃し、浮足立っていたパルド軍団の歩兵陣に大きな損害を与えた。


 こうなればパルド将軍もこれ以上この場で戦う事に執着せず、軍をまとめ上げながら撤退の指示を出した。


 残るはテンウ将軍率いる軍団のみであったが、テンウ将軍は騎兵戦力を既に緒戦で消耗しロガ軍騎兵に対抗できずにいた。


 それでも最も動揺の少なかったテンウ軍団は友軍が撤退するまでの殿を務めあげ、多くの帝国兵を逃すことに尽力した。


 もし追撃をベルシスが命じていれば、テンウ軍団との壮絶な死闘が繰り広げられた可能性もあったが、ベルシスは敵を撤退させたことで十分な戦果として軍を引いた。


 これをもってアルスター平原での戦いは幕を閉じたのだ。


 だが、事態はベルシスの思わぬ方向に転がり出していた。


 三将軍が敗れた事で撤退するかと思われた帝国軍の援軍、ザイツ将軍率いる五万が此方に向かっている事が分かったのだ。


 それはベルシスには思いもよらない事であった。


 何故ならば、ザイツ将軍はもはや戦場に立つことは無いと考えていたからだ。


<続く>

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