36.アルスター平原の戦い 援軍の思惑
ベルシスを支援するために方々回ったとメルディスは言っていたが、援軍がどちらの陣営の物か言っていなかったことにベルシスは気付いた。
流石に帝国の援軍ではないだろうが、援軍と言う名の第三敵かもしれないと思い至ったのだ。
「確認だが、ロガ軍への援軍で良いんだな?」
「そうだ。流れで察しろと言いたいが、そんな物で勝手な期待をされても困るからのぉ」
メルディスは一度頷きを返して薄く笑った。
その笑みに胡乱な物を感じてベルシスはさらに問う。
「戦ってくれるのか? それとも姿を見せただけか?」
「姿を見せただけでも大きな援護じゃろう?」
ゾスが放つ援軍と他国がベルシスに放つ援軍では意味合いが違ってくる。
今の状況下でナイトランドもカナトスも戦までする意味がない筈だが、それが動いたとなれば何かの盟約がなされたことを意味している。
兵を動かすと言う事はそれだけ金と時間がかかり、大ごとなのだ。
無論、血を流してしまうよりは取り返しが効く話ではあるが。
「事前の協議もないはずだな」
「向こうが攻撃してくれば無論反撃するが、それ以外は戦場を動かぬよ」
(……今一つ煮え切らないが……。とは言えそれだけでも有り難いのは事実だな)
内心そう息をつきながらもベルシスはそれで良しとした。
婚姻関係を結び同盟を締結した訳でもない他国が介入してくること自体が異常ともいえる。
脅しの為の見せかけの兵だとてこれは大きな借りが魔王とカナトス王に出来た事を意味している。
遅れて騎兵隊長のゼスが天幕に入って来ると、ベルシスは即座に問うた。
「帝国軍はどうだ?」
「敵右翼、パルド軍団の一部や、中央のセスティー軍団の一部に動揺が見られたと。嘆きの声が上がたり、勝手に後退しようとしたと間者が告げております。……新兵でしょうか?」
「六万動員の後の十万だからな、一部経験の少ない者もいるのだろう……より揺さぶってやろう」
問いかけにゼスは敵の動揺をベルシスに伝えた。
ならば、慌てる帝国軍にしっかりと見せてやらねばならない、いや見せかけねばならない。
援軍と言えどもお飾りの軍団ではなく、共に血を流すために戦地に入ってきた真の援軍であると。
そして、浮足立ったところに最大の衝撃をぶつける。
帝国の増援が到着するまでという短い時間ではそうそうに機会は巡ってこない。
ロガ軍に援軍が到来したという動揺の最中に行動を起こさなければ、座して死ぬことにつながる。
(拙速かもしれない、あるいはもっと良い機会が明日にも巡ってくるかもしれない。……それでも、だ。今、攻撃を開始せねばならないっ!)
ベルシスは意を決する。
動くべき時に動かぬ者はただ敗北するのみだと言わんばかりに。
「突撃ラッパをかき鳴らせ! されど最初は突撃するなよ……日が傾く頃合いまで何度かラッパを吹いてやれ」
精神的に疲弊させてやるとベルシスは眼光鋭く地図上の帝国軍を見つめる。
本来は夜通し行い敵の士気をくじく策だが、援軍の姿が見える昼間に行う事で動揺している者たちをさらに揺さぶる事もできる。
最初は少ない人数しか動揺していないかもしれないが、負の感情は連鎖していくものだ。
婦の感情の連鎖が起きずとも、或いは一向に突撃しないロガ軍を侮るかもしれない。
時間稼ぎが得策ではない以上は、ロガ軍を侮り帝国が攻勢を仕掛けてくるように仕向けるのも一つの手である。
真っ向から大兵力を相手にせぬような機動をしなくてはならないが、見せかけの援軍が来たことでそれがやりやすくなった。
(そうだ、場合によっては援軍連中を盾にすれば良いのだ。三将軍とて気付くだろう、私が戦端を開いたにもかかわらず援軍が動かなければ、彼らが真に援軍とは呼べない見せかけの物でしかない事を……)
見せかけの援軍だが、本物の軍隊ではあるのだ。
下手に攻撃を加えられない第三者の軍隊と言う存在はあらゆる面で厄介なのだ。
「一応確認だが、援軍は帝国軍が来たら背を向けて逃げ出すか?」
「攻撃を加えられねば反撃はしない。そして、戦場を離れる事もない」
「率直に聞くが、盾に使っても良いのかね? 障害物と言っても良いが」
「……悪辣な男じゃな。じゃが、まあ、想定の範囲内だ。ワシはそこまでやらんと思っておったがジャネスがその程度はやるだろうと言っておった」
ジャネスの名前にはベルシスも聞き覚えがある。
ロスカーンが魔王を愚弄しナイトランドと戦いになった折にゾス帝国に進軍してきた将の名前だったはずだ。
ナイトランド八部衆の一人、炎魔の称号を得るジャネス。
「ゾスのと戦いの折はなんでもロガ将軍が全体指揮を執るようになってから、非常に苦労したそうじゃからな」
「私が出来た事は彼女の進軍速度を緩めた程度だがね」
肩を竦めながらベルシスが告げやると、メルディスは聊か呆れたようにベルシスを見やった。
その視線の意味に気付かぬままにベルシスはさらに問う。
「カナトスの指揮官はどうだろうか?」
「王自らの出陣ゆえ、どう動くかは正直分からん。ワシが保証できるのはジャネスの軍団の動きのみだ」
メルディスがさらっと言った言葉にシグリッドが思わず声を上げた。
「ローラン王自らの出陣ですか!?」
「……シグリッド殿、貴方は早急にローラン王のもとに向かい私の言葉を伝えていただきたい。ご助力感謝いたします、されど攻撃合図のラッパが鳴っても決して動かない様にと」
同じく驚いたベルシスだったが事の重大さに気付き急ぎそう伝えるも、シグリッドは一度首を左右に振り。
「王への言葉はお伝えしますが、その作戦は変更すべきではないでしょうか? 王自ら来たと言う事は、我が王ローランは将軍に合力するつもりです。ならば、ロガとカナトスの騎兵による突貫攻撃で浮足立つ右翼、或いは中央へ打撃を加えるべきかと」
「待て待て、ローラン王は動くか?」
シグリッドの言葉に慌てた様子を見せたのはメルディスだった。
「ナイトランドは動かないの? それはジャネスが腑抜けって言われちゃうね」
天幕の外を気にしていたフィスルが、メルディスへと向き直りいつも通りの無表情さで伝えるも、何処か面白がっているようにベルシスには聞こえた。
「炎魔のジャネスか、俺たちの前に立ちふさがった時は勇猛だったのだがな。戦運びは別なのかな?」
そこにリウシスが挑発するように言葉を連ねる。
「この場にいない人物の事を悪しざまに言うものではないと思うんだが……」
ベルシスが思わず諫めようとすると、メルディスの言葉がそこに割って入った。
「待てと言うに! そんな言葉がジャネスの耳に入ったら」
「おいっ! メルディスっ! やはり攻撃を行うべきではないかっ!」
勇ましい言葉と共に天幕に入ってきたのは赤い髪の女魔族だった。
全て赤塗りの鎧に身を固めてはいるが、戦闘中ではないためか兜は被っていない。
美しいというよりは凛とした印象の美女は猛然とメルディスに食って掛かる。
「確かにローラン王は攻撃に参加すると仰せであるぞ! なのに我が誇り高きナイトランドが傍観に徹せよと言うのはおかしい!」
「待てジャネス! 我らが陛下の兵をいたずらに損なう訳にはいかぬのだ!」
「さりとて、ロガ王の存在はこの先ナイトランドの繁栄と防衛の為に必要と言ったのはお主ではないか!」
(……今回は聞き逃さないぞ。ロガ王って言ったよね、今?)
ベルシスはナイトランドの魔族が、自分の事をロガ王と呼んでいる事実に今更ながら気付く。
「この男は援軍をちらつかせるだけで勝てる才がある! それを証明すれば」
「ロガ王の才の証明はどうでも良い! 確実な勝利こそがナイトランドに益をもたらすのだっ!」
ジャネスとメルディスの言い争いを呆然と見ていたベルシスたちだったが、次のフィスルの言動にさらに驚いた。
フィスルは大きく息を吸い込んだかと思えば。
「黙れ、この馬鹿者ども! 魔王様が盟を結ばんとお決めになられたロガ将軍の御前でナイトランドの恥をさらすな!」
いつもは感情を見せないフィスルが怒りのままに言葉を発したのだ。
彼女は一度瞑目してへそ辺りに両手を添えて何やら呟くとその身体から眩い光が溢れ、皆は思わず視線を逸らした。
「――こうも早く真の姿をお見せする事になるとは思っていなかったが、馬鹿者が二人で騒いでいるのを放っても置けない」
フィスルの声より大人びた、それでいてフィスル当人の声が響くとベルシスは驚き改めて彼女に視線を向ける。
そこには二十代半ばほどに成長したフィスルが立っていた。
フィスルは大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出し、呆然としているベルシスへと向き直り片膝をついて深く頭を垂れた。
「お見苦しい所を見せてしまったね、将軍。この姿では初めまして、私はナイトランド八部衆筆頭、将魔のフィスル」
将魔のフィスル、彼女はその二つ名の通り八部衆を束ねる存在であった。
<続く>
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