33.アルスター平原の戦い 夜闇の恐怖

 合流を果たしたベルシスは一軍団ずつ釣り上げてという目論見は消え去り、挟撃される可能性がある旨を主だった面々に伝える。


「敵が何処から来るのかを見定めて、迫る方角以外から逃げ出すという手はいかがでしょうか?」

「主将であるセスティー将軍が、丘陵地を包囲している可能性もある。完全包囲するだけの人員はいないだろうが、半包囲ならば可能だろう」


 ゼスの提案にベルシスは首を左右に振り伝える。


 連携など功績争いの為に出来ないと侮った敵が見事に連携を駆使してベルシスの命を狙っている。


(最早、昔日の三将軍とは別物と言う訳だ……)


 死の危険に晒されていると言うのに、ベルシスはそこが少しだけ嬉しかった。


 彼らは見事に成長している。


 翻って自分を客観視するとどうであろうか? 敵を侮り危機に瀕している。


「中々に士気の上がる材料はないな」


 リウシスが肩を竦め唇の端をつり上げる。


 それに対するベルシスはそうでもないさと肩を竦めた


 確かに合流を果たした今の状況下でパルド将軍の軍が坂の途中であってくれれば容易に攻勢に移れたであろうが、あいにくと殆どは登り切った今その機は逸しっている。


 登り切ってしまった以上は高所の優位も、高きから低きに流れる運動エネルギーを生かした突撃もできる筈はない。


 現状では幾つかある高所と事前に掘っていた堀と伏せた兵を有効に使うしかない訳だ。


 だが、幸いにもパルド将軍はこの地形、見通しの悪さに慎重さが働いたのか、全軍が上り切るまで坂道の頂点付近で待機を維持している。


「登りきってからの初動が遅いことは幸いだ。敵が二手に別れていると言うのならばこちらはそれに合わせて戦うだけだ」

「どうするんだ?」

「まずは敵の足を止めなくては……。アントン、ロガの軍旗はいかほどある?」

「多めには用意してあるが……」


 ベルシスの策に使うには心許ない返事ではあったが、事がここに至ればやるしかない。


「丘と言う丘に軍旗を立て、かがり火を焚きまくれ。何なら兵を伏せても良いが決して敵が近くを通っても、命令あるまで攻撃するな」

「えっ?」

「夜陰に紛れられる夜だけに有効な手段だ」


 ベルシスの言葉に皆が頭上を見上げると既に月はその位置を傾けさせている。


 ロガ軍はこれから数刻の内にある程度の戦果を上げねばならない。


「無論すべての丘に兵を伏せてはいけない。軍旗を立てかがり火を焚いているだけの無人の丘も用意せねばならない。兵がいるのかいないのか分からない事こそが肝要だ」


 ベルシスがそこまで告げれば、足止めの苦肉の策であると皆が気付いたようだった。


「すぐに行動に当ってくれ」

「惑わせるだけか?」

「いや、今は夜だ。以前あの三人に教授してやれなかった夜戦と言う奴の恐怖を教えてやろうと思う」

「恐怖?」

「同士討ちさ」


 ベルシスの首と言う餌を駆使してパルド将軍とテンウ将軍の軍をぶつけるつもりだとベルシスは皆に伝えた。


 起伏の険しい見通しの悪いこの地形で、夜であればこそ可能な一手だ。


 そう伝えるとリウシスが呆れたような視線をベルシスに投げかけて言う。


「将軍って奴はそんなに次から次へと策が出てくるものなのか? 入念に準備した策がご破算になっても全くめげずに次の手を良く思いつくな?」

「そりゃ、そう言う風に戦い抜くのが将軍の仕事だからな。戦史に名を残す偉大な将軍たちも言っている。戦場の七割は霧の中と同じ、どれ程入念に下準備をして策を立てても必ず突発的な出来事で邪魔される、ってね」


 ベルシスがそう告げて笑えば勇者たちは感嘆とも呆れともつかぬ声を上げた。


 ※  ※


 さて、幾つもの丘が連なるこの地形、少数とはいえ高所にロガ軍の旗が靡く様がかがり火で浮き上がればパルド将軍の率いる軍団の動きは一層鈍くなった。


 明らかに工兵が手を食わえた堀などを発見すれば、慎重にならざる得ないのは当然だ。


 一方で、パルド将軍とは逆の方面、ロガ領ルダイへ続く街道より姿を見せたテンウ将軍の軍団はその動きを止めることなく、入り組んだこの地形に入り込んでくる。


 それは、兵の分散も意味していたがテンウ将軍の頭にはきっと挟撃せねばという使命感が勝ったのだろう。


 旗ばかり立ち並ぶ丘を当初は警戒していた様子だったが、次第に警戒が雑になり進軍速度を上げている様子がベルシスからも見て取れた。


(……夜戦とは恐ろしい物だ……)


 歩兵が松明を持ち規律正しく行進している時ならば気づかないかもしれないが、夜の闇は深く濃い。


 ローデンの西に広がる平野を夜に馬を走らせたあの戦いが思い起こされる。


 平野であっても馬が障害物に躓いて倒れるという危険性は多い。


 騎馬民族ですら夜戦は避けるのは、どれほど熟達しようが人間の視力では闇の中の障害物を見極めるのが至難の技だからだ。


 そして、この丘陵地は平野の比ではなく障害物が多い。


 さらにはロガ軍も堀を掘り、馬防柵を設置している。


 騎馬の行軍速度は一気に落ち、場合によっては騎馬自体が使い物にならなくなる。


 それでも挟撃せんとテンウ将軍が先を急ぐのには、訳がある。


「ロガ将軍がいたぞ、追え!!」


 彼らの目と鼻の先に明かりを掲げ、ベルシスが数騎の騎兵を従えて走っているからだ。


 ベルシスと言う餌が補足できそうな距離にいるのだから、多少の被害が出た所で追う。


 ベルシスを殺すか捉えればこの戦は終わりだ。


 無駄に兵を死なせずに戦を終わらせることが出来れば、これに勝る戦功はあるまい。


 その思いは利用できる。


「そろそろ馬防柵がある箇所だよっ!」

「これで三つめか……となると、あと少しの筈……っ!」


 傍らで馬を走らせるコーデリアが周囲をうかがいながら私に知らせる。


 戦力差では劣勢であり、軍事的才能も三将軍に比べて乏しいと自覚しているベルシスの利点、今は地の利。


 軍団に先んじてアルスター平原を訪れていたベルシスは何度となく昼間の内に下見を繰り返した。


 そして、工兵と共に罠を作り、どう通れば安全なのかのルートを頭に叩き込んである。


 その下準備があればこそ、丘陵地のかがり火と掲げる明かりと言う乏しい光源で自分たちがどこを走っているのか把握できる。


 本当はもっと楽に勝つための下準備だった筈だが、やはり地形や立地を覚え込むと言う戦の基本を押さえておくことは重要だ。


 これもローデンの初陣時の経験が生きている。


「……前から誰か来る」


 不意に鋭くコーデリアが告げる。


 ベルシスは脳裏にカルーザスが強襲を掛けてきた先日の出来事が思い出され思わず身を固くしたが、それは杞憂だった。


「将軍!」

「シグリッドさんだ」


 前からの人影はシグリッドだった。


 パルド将軍の足止めに当たっていたシグリッドと合流できたと言う事はにベルシスは安堵した。


「陣はすぐそこです!」

「仕上げと行くか……」


 報告と共に前方にパルド軍団と思われる光源を見つけてベルシスは小さく呟くと、大きく息を吸い込んで叫んだ。


「ロガ軍よ! 敵を討てっ!!」


 叫びながら、ベルシスを含めた数騎の騎兵は明かりを消して、一際入り組んだ脇道へと逸れる。


 明かりなく真の闇が支配するこの道を走るのは正直恐怖そのものだ。


 入念に何があるのかをチェックしたとはいえ、見落としがあれば落馬して命を失うだろう。


 手綱を握る手は汗でびっしょりと濡れているが、ともかくベルシスは走り続けた。


 そして暫く走っていると、徐々に周囲の様子が見えてきていることに気付く。


 夜明けが近い。


 背後では、テンウ将軍とパルド将軍の軍団同士が一部とは言えぶつかり合う音が響いた。


(急がねば……)


 今、あの混乱した状況下にロガ軍は攻撃を叩きこまねばならないのだ。


 丘陵地でじっと身をひそめていた傭兵たちや弓兵、魔術兵の攻撃を。


 その攻撃が完成してこそ、初めて確実な打撃を与えることが出来る。


 ベルシスはまだか、まだかと兵たちが伏せている場所へ急ぐ。


 そして漸く待ちに待った光景が視界に飛び込んできた。


 ロガの旗の下に集結した兵の姿を目にしたのだ。


「敵は想定地点の三で同士討ちを始めたっ! 至急、足を動かし奴らに迫り、射程に入ったと思えば攻撃を加えろ!」

「了解であります、将軍!」


 そう告げて弓兵や魔術兵たちは目的地に進んだ。


 空が白み始めた頃、同士討ちの愚に気付いたであろうパルド、テンウ両将軍の軍団が右往左往している最中、彼らに投擲魔術が突如としてさく裂した。


 さらに、追い打ちを掛けるように矢の雨が降り注いだのだ。


 <続く>

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