ロガ王ベルシスの誕生

31.アルスター平原の戦い 戦場の選定

 ゾス帝国歴二三八年十一月初頭、寒さが増してはいたが降雪の可能性が薄いこの時期に両軍はアルスター平原で対峙した。


 アルスター平原はロガ領から見れば幾つもの丘陵地を超えた先に広がりを見せている平野であり、左右にはそれぞれ水運の要にもなるサネイ川、モラ川の支流が流れ込んでいる。


 これは双方が補給物資を運ぶのに適した戦場である事を示している一方で、平野部でありながら戦場が限定されているという特殊性も示していた。


 そして帝国軍から見ればロガ領へ続く道は幾つもの丘陵地を越えねばならないと言う事実が圧し掛かる。


 ロガ領にとって守りやすい立地での戦場と言えたが、帝国軍はその圧倒的な兵力差が逆に仇になり戦場を選べなかった。


 大兵力を有する側が下手に小細工を弄すると何が起きるのか、三人の帝国将軍は良く心得ていたからだ。


 下手な勝ち方をすれば、帝国に武威は無しと帝国東部に接する三つの強国が動き出すだろう。


 すなわち、ガザルドレス王国、パーレイジ王国、そしてカナトス王国が。


 三人の将軍が感じ取っている事はベルシスもまた感じている事だ。


 彼は大兵力が相手であるからこそ、幾らでも姑息に策を弄しても問題ないと自覚していた。


 戦場の選定からしてその自覚が働いていたのである。


※  ※


 ロガ領の主要都市ルダイは一時は住民以外は退去している状況だった。


 だが、五倍以上の敵を退けた事で流通は再び活性化し、商人の往来が再び始まっていた。


 そして、傭兵達が仕事を求めて流入してきていたのだ。


 まだまだ大きな傭兵団は動かなかったが、西方諸国の息のかかった傭兵や砂大陸出身の傭兵、それにテス商業連合の商人達が信頼していると言われる傭兵達も出入りを始めている。


 テス商業連合が何故傭兵を送るかと言えば、答えは簡単だ。


 彼らにしてみればガト大陸にはゾス帝国と言う巨大市場がある状況。


 例え奴隷制度の導入を拒まれていても最大の版図を持つ帝国と取引しない商人はいない。


 だが、それが二つに割れる可能性がベルシスの勝利で否定できなくなった。


 ならば将来どう転んでも良いようにと、どちらにも恩を売っておこうと言う算段が働くのも当然と言えた。


 これらの傭兵も街に出入りしているが戦力としてベルシスはあてにはしていなかった。


 まだまだ不透明な事が多く、下手に引き入れると後々面倒だからだ。


 それに面白い戦い方をする傭兵団は既に雇い入れていたから、金銭的な余裕がない事も起因していた。


 結果、二万五千の兵力で三将軍を相手にするより他にはない。


 帝都を発った三将軍はテンウ、パルド将軍それぞれ三万の、主将たるセスティー将軍が四万の軍団を指揮していると報告を受けている。


 五倍の兵力を相手にした時よりはまだましだが、約四倍の兵力を相手にするのだから生半可な場所で戦っては敗れるだけだ。


 レヌ川を用いる作戦にしても一度その手を見せている以上は対策は練られていると考えざる得ない。


 それに、十万規模の軍団を飲み込めるほどの川ではない。


 そうなると、ベルシスは三将軍の考えの裏をかかねばならない。


 まずベルシスがとると思われている戦法は籠城ではないかと考える。


 先のカナトスとの戦いの様に。


 本来援軍なき籠城など意味はないのだが、ベルシスならばどこかと手を結んで援軍が到来するまで時間を稼ぐかもしれない。


 そう思わせるようにベルシスは動いていたと言うのもあるが、何よりナイトランドの魔族フィスルの存在が援軍の到来をにおわせている。


 そう思わせていると言う事はベルシスには元々籠城と言う選択肢はない。


 だが、援軍の要請はレヌ川の戦いが終わってクラー領の戦いを治めた頃から方々ほうぼうに出してある。


 カナトス、パーレイジ、ガザルドレスと言った帝国東部の国々や力は弱いと言え帝国に思う所がある西方諸国、そして魔王の国ナイトランドへ。


 帝国と折り合いが悪い国々だが表立って事を構えるという段階には至っていないからきっとこの要請は無視される。


 だが、ベルシスが要請を出したと言う事実が問題なのだ。


 かつて攻めてきた国や敵意ある国にベルシスが援軍要請を出せば、そちらに対する備えに兵を割かねばならない。


 帝国は守るべき版図が広大であり、ベルシスばかりを相手していられないのだから。


 おかげで出立が遅れに遅れたがそれでも十万の兵を差し向けてくるゾス帝国の軍事力はけた違いである。


 ともあれベルシスは彼らの思惑通りに籠城などせずに帝都より向かってくる三将軍の軍団をどこかで迎え撃たねばならない。


 地図を広げて軍議の最中ベルシスはロガ領の守備隊を総括していたアントンに問いかけた。


「そう言う訳だ、アントン。防衛地に適した場所の案はあるかい?」

「防衛線を押し上げてとなると……アルスター平原はどうだい、ベルシスあにぃ」

「アルスター平原か……。なるほど、面白い所に目を付けたな」


 ベルシスの言葉を聞き、アントンが頷きを返すがその他の者達は驚きをあらわにしている。


「待ってくれ。多数の相手を迎え撃つのに平原で戦うのか? 会戦への釣り出しという意味ならば有効だろうが……」


 リウシスが言葉を発すると、殆どの者は彼に同意するように頷く。


「確かにその懸念は最もだがアルスター平原はここから北に向かい、丘陵地を超えた先にある」

「丘陵地?」

「幾つにも連なる丘、左右に流れるのはサネイ、モラ川の支流、ルダイへ続く街道は長い坂道……私たちの本当の狙いはそこにある」


 ベルシスは意味ありげに笑ってみせるとアントンが言葉を続ける。


「そう、丘があると言う事は兵を伏せやすく、坂の上から攻撃を加えれば寡兵でも戦果を上げやすい、そして……」

「ああ、分かった。平野部の左右の川が戦場を限定してくれるって訳か」


 リウシスはなるほどと頷くと、ベルシスが再び口を開く。


「そうだ、十万を相手にするのではなく、三万から四万の兵を相手に三回戦う形に持ち込みやすい。各個撃破だ」


 そうなった所で厳しい戦いを強いられる事には違いはないが、ただただ大多数に包囲されるという惨事は起きにくい。


「それもまじめに戦えばの話だ。もし敵陣と相対した時に私が敵兵の多さに嫌気がさして丘陵地に逃げ出したらどうなる?」

「兵を伏せてある丘陵地にか……。更に自分が囮になり敵を誘い込もうというんだな? 相変わらずえげつないな、あんた」


 リウシスがうなりを上げるような声感嘆し告げると、肩を竦めてさらに続けた。


「逃げるロガ将軍を追って勝ったと思っていた兵士たちは、次の瞬間には絶望に突き落とされる訳だ」

「一旦希望を抱き、それが壊されるとその反動と言うのはでかいからな。一気に士気を挫くことが出来る」


 主に三人の会話で進んでいた軍議に今一人加わる。


「……なるほど、将軍のお考えは分かりました。ですが、三将軍はロガ将軍が指導した事があるとも聞きます。ロガ将軍の考えを見抜き、面子を無視してでも会戦に応じずルダイを攻めたりはしませんか?」


 シグリッドが懸念を告げる。


 ベルシスにはシスティー将軍やパルド将軍、それにテンウ将軍と言った個性的な連中が自分をどう評価していたのかは分からない。


(……相手がカルーザスであったならば話は別だが、彼らは面子がつぶれるのを無視して行動できるだろうか? 無理ではないかな)


「そこまで成長しているのならば苦戦は必至だ。だが、面子と言う奴を無視すると兵が言う事を聞かなくなる。逃げ腰と思われる。勝算の高い戦いを目の前にしてそんな状況に態々飛び込むだろうか、とは思っている」

「確かにそう言う向きもあるでしょうが……」


 シグリッドは一応は納得したようだが心配そうな表情を浮かべている。

 

 だから、ベルシスはさらに情報を追加した。


「それにパルド将軍とテンウ将軍は互いに功績を競い合っている節がある。片方が釣り出されれば、片方も焦って突出するだろう。その辺は未だに改善できていないと聞いているからな」

「なるほど、確かにその様な状況であれば策が成る公算は高いですね」

「主将の人がダメって言ったら?」


 そう口を挟んできたのは回復して間もないコーデリアだった。


 彼女はあまり戦術について良く分かっていない節があるが、そうであるにも関わらず懸念をズバリと言い当てる事がある。


「それは考えないでもなかったがセスティー将軍は優柔不断な所があるからな。アクの強い副将二人を御せるかどうか。それにそれほどに成長している可能性もあるが、功を焦る将の気持ちまで酌めるかは疑問だ」


 彼女はカイエス家の人間であり、テンウ、パルドの両名は外の人間だった。


 連携は普通に行えても功績と言う餌を前にした時に、どういう反応を示すかまでは理解しきれていないのではないかと言うのがベルシスの答えだ。


(最も、私も彼らを読み切ったつもりでいるがきっと読み切れていない部分はある。それが戦の要因にならねば良いのだけれど……)


 不安を覚えない訳でもなかったが、将軍として長年振舞っていたベルシスはどうすれば不安を見せずに済むのか良く心得ていた。


<続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る