30.アーリーの処遇

 結局、アーリー将軍をベルシスが直接尋問する事にした。


 尋問と言っても、警邏けいらが犯罪者に行うそれではないから密室に二人だけと言う方法はとらない、また怒鳴ったり暴力を振るったりもしない。


 一定階級以上の者を相手に行う尋問と言えば、ある意味交渉の延長線上でしかない。


 ベルシスはシグリッドの仲間の一人であり、地図の作成や筆記が得意だと言う文官アレンを連れてアーリー将軍の部屋を訪れた。


「お疲れの所、失礼する」

「……ロガ……将軍か」


 アーリー将軍が小さな声で応えた。


 ベルシスが矢傷を受けてまだ起き上がれなかったとき、コーデリアが病床で話してくれた事を思い出す。


 アーリー将軍は白い髪で褐色の肌が美しい女の人だったんだよと笑って話していた。


 彼女の言葉通りではあったが伏せ目がちの様子から、あまり自分自身に自信を持っているタイプでも無いなとベルシスは当りを付けた。


(ならば、なにゆえに将軍等と言うよく職に就いたのだろうか?)


 自信は全くない訳でもないのだろうが、今ここで悄然としている様子を見るに将軍と言うよりは囚われた市井の娘の様だ。


「殺すのか?」

「私は其処まで馬鹿では無いし、非道でもない心算だ」


 親しくない者に顔を見られる事を頑なに拒んでいたと言うアーリー。


 どうも彼女は鎧を纏わないと、いや顔を隠していないと非常にネガティブな人格を有している様だ。


(鎧を纏う事で戦場の将軍になれるのか? しかし、そう考えればレヌ川の渡河作戦の際に兜が割られただけで撤退した事に対して辻褄は合う……)


 あの状況下であれば、まだ抵抗することは出来た筈だからだ。


「それに、トウラ将軍には恩義がある。彼の推挙で軍に入ったと聞いている、無碍には出来ん」


 ベルシスがそう告げるとアーリーは小声でトウラのおじさんと呟いた。


 二人の関係性は分からないが、やはりトウラの顔を立てるためにも無事に返してやるしかなさそうだ。


 内心はそう結論付けたベルシスだったが、アーリーは視線を伏せたまま言葉を紡ぐ。


「あの娘は、命がけで貴方を守ろうとした。自身に致命の刃が迫る最中でも、平然と身を翻して貴方の傍に行った。いや、剣がその身を貫いてもだ」

「コーデリア殿の事か」


 頷くアーリー将軍は何を思っているのか長いまつ毛が震わせていた。


「何を思う?」

「俺には、出来ない」

(俺? アーリー将軍は自身を俺と呼ぶのか? しかし、男勝りな印象など欠片も無い彼女には……いや、それは好き好きか)


 彼女の用いる一人称に少し驚いたが、それ以上にベルシスはアーリーがコーデリアに何を思ったのか知りたかった。


「万人には無理な事だ。或いはコーデリア殿だけが可能なことかもしれんな。その彼女に何を思う」

「……羨望だ」

「何?」

「それと、嫉妬」


 アーリーの視線が上を向き、ベルシスを捉える。


 奇妙な緊張感に包まれたベルシスを助けたのは互いの証言を書き記していたアレンだった。


「おっと、インクが……や、残り少なくて助かりました」


 インク瓶を倒したらしい音の後にそう呟いて場の空気を打ち消した。


 ベルシスは気を取り直すことができ、再びアーリーを見据えて。


「それはどの様な意味だ?」

「俺にはただ王の血が流れているだけだ、他には何もない……。なのに、ナゼムもラネアタも命を懸ける……。俺には貴方のような美しさは無いのに!」


 その言葉を聞きベルシスは僅かに安堵の息を吐き出した。


 当人にしてみればなにゆえにか他人が自分に命を懸けるのか分からないと言う重たい状況だが、そこに思い悩む事ができるのは相応の常識があるからだ。


 例えばテランスやコンハーラのような連中はそんな事を歯牙にもかけない。


「そこに思い悩まぬ者に命を懸ける愚か者も居るまい。大いに悩むと良い。――ふむ、味方に引き込もうかと思ったが、貴殿はトウラ卿の元にでも戻るが良かろう」


 思い悩むアーリーの言葉を耳にしてベルシスは本当に何の考えも無しにそんな言葉が放っていた。


 ガタっという音にベルシスが振り返るとアレンが茶色の瞳を見開いて驚がくしているのが垣間見えた。


(無理に引き込むものでもないさ)


 ベルシスは内心そうアレンに告げながら視線をアーリーに向け直して。


「どうだ?」

「も、戻れと?」

「貴公の罪は派兵を命じたロスカーンの罪。だからと言って、無罪放免と言うのは虫が良すぎる。将軍の座を断る事も出来た筈だからな。ゆえにロガ領よりの退去を命じる。貴公の為に命を懸けた側近共々、退去されよ。トウラ卿の元に戻るなり、或いは再び矛を交えたいと言うのであれば帝国軍に戻るなり好きになされよ」


 その言葉はアーリーからしてもとても信じ難い物であったらしく、やはり目を見開いてベルシスを見つめていた。


「……」

「だが、再び敵となると言うのであれば、その時は覚悟を決められよ。トウラ卿の顔を立てるのも一度だけだ。……私としては、今度はくつわを並べて戦えることを望むがね」


 そう裁きを降してベルシスは立ち上がり、部屋を出ようと踵を返した。


 アレンも続き立ち上がった所でベルシスは不意に気になっていた言葉を思い出してアーリーに振り返り問いかける。


「時に、太陽王とはいかなる意味だろうか? 猛獣使いの青年が口にしていたが」

「三柱神の一柱、輝ける大君主の化身の一つ、我が国の王の理想の姿」

「……なるほど」


 あれは賛辞だったのかと視線を僅かに彷徨わせた後にベルシスはありがとうと告げて、アレンを伴って部屋を出た。


 程なくしてベルシスの命令通り、アーリーとその側近たちはロガ領より退去する事になった。


 側近たちも無事に解放されることに驚きを禁じ得なかったようだったが、アーリーと共に生きていける事に感謝を伝えて去っていった。


 アーリー自身は定型通りの感謝を伝えて去っていったが、アレは不器用さゆえではないかと言うのがリウシスの見立てであった。


 ともあれ、ベルシスはこれでようやく次の帝国の攻勢に集中できる事になった。


 問題解決を待っていたかのように帝国軍の侵攻を知らせる報が届く。


 今度の敵は勝手知ったる元同僚たち、一筋縄ではいかないだろうとベルシスは小さく息を吐き出した。


<続く>

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