28.ユーゼフの真意
ベルシスのは叔父ユーゼフの真意を確かめるために親族で会食でもと持ち掛けた。
今の今まではベルシスに合う事を避けていた叔父がどう出るのか確かめたかったのだが、叔父ユーゼフは承諾したと言う。
叔父との確執をベルシスは自分自身でもどうかと思う程に気にしてもいなかった。
刺客を送られたことはあったが、その報いは既に受けているだろうと思えるからだ。
最も、信頼している従者のリチャードが刺客全てを目の前で斬り伏せたからというのもあるのかも知れないが。
ともあれ、これで親族が一丸となれるのならばとひそかに甘い目論見を抱いていたベルシスに不意にもたらされた報告がある。
カムン領にて数体の砂鰐が捨て置かれており、領民が困っていると言う。
アーリー将軍もその他の軍団兵もいなくなれば世話をする者はいない。
「それは難儀な事だが、どうしたものか……」
報告を受けて視線を彷徨わせたベルシスはふと思い出した。
レヌ川の戦いの際に降った猛獣使いがいた事を。
その彼を呼び出すと、猛獣使いは褐色の肌の思いのほか若い男だった。
「およびでございましょうか? ロガ将軍」
「頭を上げよ。君は降ったとはいえ奴隷になった訳でもない、正当に降ったのだ」
床に座り、両手をついて平伏する姿にベルシスは頭を左右に振りながら告げると、猛獣使いの彼は驚きを露にしながら顔を上げた。
「砂鰐は君の担当だったのか?」
「は、はい。あいつらは図体がでかいから戦獣に仕立てられてますが、根は見かけに比べてずっと素直で……。ですから、その、ロガ軍を傷つけた事は大変申し訳ありません、でも、俺の指示で」
「分かっている。戦とはそう言うものだ。……君は戦が嫌いか?」
ベルシスは僅かな会話から猛獣使いの性質を読み取り問いかける。
「好きなはずありません」
「砂鰐は?」
「家族みたいなものです」
問いかけにははっきりと答える猛獣使いの青年を見やり、ベルシスは一つ頷く。
「宜しい。カムン領にまだ数体砂鰐が生きている。兵を派遣するから君も行って連れて来てくれ。そうしたら、砂鰐は退役だ。これ以上人間同士の戦に巻き込まれる必要はない」
そう告げると、彼はさらに驚き目を見開いた。
「よ……宜しいので、すか?」
「良い。とは言え、ただ君に放り投げては君も困るだろうな……。よし、私が飼おう、時折成長を見させてもらうが育て方は君に一任する」
砂鰐に適した地形や必要な物などベルシスには良く分からなかったが、何に付けても金がかかる事だけは容易に想像ができた。
人間同士のいざこざに巻き込まれた挙句に死んだり、傷を負った砂鰐たちを労うのも、戦争を始めた者の責任だろうかとベルシスは微かに苦笑を浮かべながらも告げやる。
途端に猛獣使いの青年は額を床にこすりつけん勢いで平伏して、感極まったように震える声で告げた。
「このセルイ、感服いたしました! 閣下の気高さ、慈悲深さは正に三柱神に一柱である輝ける大君主の持ちたる美徳。閣下こそが太陽王となられましょう!」
聞き慣れない太陽王との言葉に不思議そうに小首を傾いだベルシスにセルイと名乗った猛獣使いの青年は全く気にせず立ち上がって、礼もそこそこに準備の為に駆け出して行った。
「よほど好きなのだな、砂鰐が。まあ、これで砂鰐の件は大丈夫だろう」
そう一人呟いてベルシスは親族の会食の席へと赴く。
※ ※
ベルシスの叔父ユーゼフは商才に長けた男であったが、幾分臆病な所があった。
軍務に就く兄や豪胆な姉と比べるべくもなく、臆病さを隠しもしないユーゼフだったが人並みの幸せを享受していた。
だが、帝国では禁じられている奴隷制度の導入をテス商業連合に持ち掛けられていた帝国内のある一派に通じた事でユーゼフの人生は大きな転機を迎える。
兄姉と比べ臆病である事に少なからぬ劣等感を抱いていたユーゼフは、奴隷制度の導入という大きなプロジェクトに惹かれていた。
これを成し遂げられれば兄姉にも負けない実績を得られると。
その思いを煽ったのが奴隷制度導入に積極的な一派アルヴィエール家の派閥だ。
後にベルシスによって断罪される一派ではあったが、この頃は皇帝にすら手が出せない程に隆盛を極めていた。
そんなアルヴィエール一派にそそのかされる形で禁じられている制度の導入を着手したユーゼフだったが、将来の臆病さからいささか挙動不審に陥っていた。
ベルシスの父も伯母のヴェリエも弟の様子がおかしいことに気付いていたが、そのような大それたことを画策しているとまでは思い至っていなかった。
そんなある日、親族の集まりで少年であったベルシスが奴隷制に関して普段に無い程の鋭さで批判を口にしたのである。
ベルシス少年は時折奇妙な夢を見て、妙な事を口走る事があったので、親族は何かまた良くない夢を見たのだろうと感じたと言う。
だがユーゼフの捉え方は違った。
普段の穏当さも欠片もなく、舌鋒鋭く奴隷制を批判する姿にユーゼフは恐怖したのだ。
ベルシスは何かを知っているに違いないと。
一気に慌てふためく様子を訝しく思ったベルシスの父に咎められて、ユーゼフは己の行動を白状したのである。
そこからはロガ家は天地がひっくり返るほどの騒ぎとなった。
結局ベルシスの父が上手くまとめ、奴隷制度の導入を阻み事なきを得たが、ユーゼフはベルシスに対する恐怖の念を拭い去ることが出来なくなった。
その恐怖が最高潮に達したのがそれから数年後にベルシスの父母が事故死した時だ。
父母の抑えが効かなくなった若きベルシスが自分に牙を剥くのではないかと言う被害妄想を抑えきれず、刺客を雇い放ったのである。
六人の刺客は夜半にベルシスの屋敷に押し入り、弱冠十四歳の少年を葬ろうとして彼の傍に使えていた従者に斬り伏せられている。
ベルシスにしてみれば、父母亡き後の実権欲しさに自分まで亡き者にしようとしたのかと考えざるを得ず、慌てて帝都に出立したのである。
この行き違いが解けるにはベルシスの叔母にしてユーゼフの姉であるヴェリエの長年の尽力があっての事。
互いの誤解が解けた後でも、刺客を差し向けたと言う後ろめたさからユーゼフはベルシスに会おうとしなかった。
報復を恐れていたのだろうがそれ以上に噂に聞くベルシスの軍功がかつてユーゼフが恐れた姿その物でもあったからだ。
普通の軍事的成功ではなく、情報を操り、一時はユーゼフが心のよりどころにしたアルヴィエール一派を下したのだから。
その恐怖心が薄らいだのは偏に、同じくアルヴィエール一派に属していたオーブリー・レグナルからの助言である。
オーブリーはコンハーラの父でありベルシスの政敵と目されていたが、後年はベルシスと良好な関係の構築に成功していた。
そのオーブリーからベルシスは筋さえ通して釈明すれば受け入れるだろうとお墨付きをもらったのである。
結局、忙しさにかまけて今の今までベルシスと会う事もなかったが、再びユーゼフの人生に転機が訪れる。
娘の帰郷と孫との出会いである。
妻を愛していたユーゼフはその再会と出会いを心より喜んだ。
なかなか素直になれず娘や息子には心労を掛けたが、孫ウオルが語る今一人の祖父ファマル・カナギシュの在り方の刺激されて一念発起した。
このままうだつの上がらない祖父で終わってなるものかと。
そこに聞こえて来たカナギシュ族とボレダン族の確執である。
これを上手く纏めて叔父らしいところを見せてやろうと思った。そうユーゼフはベルシスに語った。
娘のアネスタや息子のアントンはその言葉を聞いて聊か複雑な表情をしていたが、ベルシスはその言葉に深く頭を垂れて感謝の意を伝えた。
「……その切り替えし、やはりお前は恐ろしい男だ、ベルシス」
「そうですか? 叔父上が自信を取り戻してロガ領のために働いてくれるならばこれに勝る事もないでしょう?」
そう笑ったベルシスを見て、ユーゼフはこの甥っ子には決して敵わないと自覚していた。
そしてそれは別に恐ろしい事でもなく、恥ずべき事でもない事を悟った。
<続く>
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