27.軍団解体
コーデリアの負傷は残り二人の勇者やその仲間たちに驚きをもたらした。
彼らのみならずロガ軍にとって、少なからぬ動揺を巻き起こすほどにコーデリアの人柄は人々に影響を与えていた。
軍議の席で何があったのか問われたベルシスは起きた出来事を静かに伝える。
「噂以上ね、カルーザス将軍」
フィスルがポツリと感想を述べて珍しく更に言葉を連ねた。
「ベルシス将軍がどう動くか読み切っただけではなく、何処に布陣するか、どの程度の規模で動くのかまで見破っている」
「見破る頭脳だけじゃない。崖から馬を駆って降りてくる? そこらの騎馬民族でもやらんことをゾスの将軍が率先して行うとはな。コーデリアもさぞ泡を食った事だろうさ」
「さらに矜持を示してますからね、兵も皇帝には付いていかずともカルーザス将軍には付いていくでしょう」
フィスルの言葉を皮切りに、カルーザスについてリウシスやシグリッドが所見を述べる。
(……魔族や勇者の心胆を寒からしむるカルーザスの底知れぬ存在感と言った所か。彼と並び称されていたことが不思議でならない……)
彼らの評価にベルシスは微かに頷き言葉を返す。
「運が良かったのは、彼がアーリー軍団の指揮を許されていない事だ。許されていれば、そのまま終わっていたかもしれないな」
その言葉に、全員が確信をもって頷きを返した。
「だが」
そこに言葉を挟んだのはウォランだった。
「だが、従兄ベルシス殿はカルーザス将軍がどう動くのかを読んでいた。それ傭兵を配置していたのだろう?」
「ただの備えに過ぎない」
ベルシスの返答に軍議に参加を許されていた傭兵のディアナが口を開く。
「備えても届き得なかった。それでも、カルーザスはベルシス殿を同格の存在と見なした」
「次に戦う時は全ての障害を排除するとも言っていたな。御大将は言わば常勝無敗の男に真の敵と認められた訳だ」
トーリも発言すればベルシスは眉稲を寄せた。
発言自体は構わないが、その内容にうんざりしたのだ。
「藪蛇だったかもしれないな。だが、それがあればこそコーデリア殿を守れたと思っておく」
渋い顔のベルシスをその場にいた者達はそれぞれの思いを抱いて見つめていた。
※ ※
カムン領のアーリー軍団はアーリー将軍が捕縛された事により、完全に指揮系統は混乱していた。
そこにベルシスはこれ以上の戦いは無益であると投降を呼びかけた。
投降するならば危害は加えない、ロガの旗の下で戦うならば厚く遇すると。
更には帝国に忠誠を誓う者にも手出しせず帝都に戻る事を許すとまで確約したのである。
味方にならない敵兵力を無傷で帰すなど戦の常道からは外れていたが、内戦と言う泥沼に足を踏み込んでいるベルシスにはそうするより手は無かった。
部下にも仲間たちにも寛容さを示さねばならないと皆に伝えての作戦であった。
ベルシスは知っているのだ、内戦は被害が出るとすぐに感情的になってエスカレートしてしまう事を。
だが、ベルシスに幸いだったのは彼の周囲は極力冷静に事を進める傾向にあったので、寛容さを示すのも無理なく行えた。
後はアーリー軍団の出方次第ではあったが、将は無く糧食もなく、虜囚の危険は無いと喧伝されては軍団の維持は厳しい。
故に呼びかけが出来た時点でほぼほぼカムン領に駐屯する軍団は無力化できたと言える。
できればベルシスには今一つ安堵したい事柄があったが、生憎とそれは叶わない。
その日もまだコーデリアは臥せたままであったからだ。
その事実がベルシスの心に影を落としていた。
※ ※
ベルシスの内心はさておき、投降の呼びかけは程なくして効力を発揮する。
将なく、飯もなく、更に言えば大儀すら無い戦いだ、戦意を維持し続けることはまず困難であろう。
千人からなる大隊長や十の大隊を束ねて指揮する連隊長達から投降を受諾すると言う旨がベルシスの元に届き始める。
無論、中には大隊を率いて帝都に戻った者達もいるが概ねはロガの軍門に降った。
降った兵はロガ領に移動させたため、カムン領からは徐々に帝国兵は姿を消し、最後の一兵が立ち去ったのはアーリー将軍のロガ領侵攻から数えて三カ月も経った十月初旬の事だった。
最も降ったとは言えそれは飢えからであり、ベルシスに忠誠を誓った訳でも無い彼等の大半は帝都に戻ることを希望したが、ベルシスにはそれで十分だった。
中にはロガ領に留まりベルシスを将とする事に決めた者達もいるが、その総数は全体の十分の一より少し多い七千人ほど。
これにより一時は一万を割り込んだロガ軍の総数は、カナギシュ騎兵二千やローデンの義勇兵千五百を合わせれば約二万の大所帯となった。
更にはディアナを頭目とする四つの傭兵団もベルシスと契約する事になり、ロガ領が抱える兵数は二万五千近くへと膨れ上がる。
ベルシスは彼らを食わせるための糧食や武具の入手先を洗い出すと言う作業に追われる羽目になったが、彼がこの分野では誰よりも精通してる為、致し方ない事だ。
その一方で帝都に戻る事を希望した兵たちを早急に帝都に送り届ける必要がある。
敵を腹の内に抱えて戦争など出来る訳もないと言う訳だ。
ベルシスは彼らにも糧食を用意して手早く送り出す事に成功している。
手酷い出費だがこれも後の布石であると周囲を説得して。
生きて帰れる彼等は何とも複雑そうな表情を浮かべていたが、家族に会える喜びに勝る物はないらしく、素直にロガ領を離れて行った。
※ ※
ロガ軍の総兵数は先程も記したが二万五千、その内騎兵の総数はカナギシュ騎兵二千に帝国騎兵二千となる。
二千の帝国騎兵の内三百がボレダン族である。
仇敵であるカナギシュ族が二千騎もの大軍で主の元にやって来たことは彼らにとって面白い事ではなかった。
三百騎のボレダン騎兵はベルシスがローデンで初陣を飾った時からベルシスに従って戦場を駆けて来たと言う自負がある。
一方のカナギシュはボレダン族を降してセヌトラ川を境にローデンより西の平野を一手にしたと言う自負と、二千騎もの大軍で援軍に来たと言う事実が増長を生み出しかねなかった。
ベルシスは必要物資の調達を伯母のヴェリエに任せ、一触即発の雰囲気がある騎兵たちの調整を行わねばならなくなった。
ゼスとウォラン自体は当初こそぎこちない対応をしていたが、共に馬術に自信があり、ベルシスの為に戦えることを誇りに思っている事が分かり打ち解けていた。
「皆が君らのようであると助かるんだがねぇ」
ベルシスは二人を前に告げると、ゼスもウォランも幾分困ったように頭をかいていた。
彼らも当然ながら自身の部下の動向は気に掛けている。
「従兄殿にはご迷惑をかける」
「いや、こればかりは仕方ない。……そう言えば、アネスタは叔父上と上手くやっているのかな?」
畏まるウォランに片手を振って気にするなと伝えながら、話題を変えるベルシス。
だが、ウォランの表情が曇るのを見てこっちもダメかと天を仰いだ。
「お察しの通り、どうにも話がかみ合わないようでな。義弟のアントンも取り持ってくれている様なのだが……」
「叔父上は才気は有ったが臆病だからな」
ため息をついたベルシスの元に話題に出したアントンが駆けて来た。
「ベルシス
「何故私が兄ぃでウォランは義兄さんなんだ……」
思わずぼやくとアントンはそんな事どうでも良いとばかりに言葉を続ける。
「親父が協力したいって! ベルシス兄ぃと親父の関係性を騎兵連中に見せる事で騎馬民族共の心中を引き締めさせてやるって!」
今の今まで屋敷に籠り切っていた叔父ユーゼフがそんな事を言ったのだとアントンが興奮気味に語った。
あまりの急展開にベルシスは頭を抱えてなぜそうなった? と呻いた。
<続く>
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