26.ベルシスとカルーザス

 ベルシス・ロガとカルーザス、ゾス帝国の両翼とも光と影とも言われた二人の男の友誼を見せかけであったとする説を時折拝読する。


 理由はゾス帝国歴二三八年、バルアド大陸歴に換算すれば一四五八年以降の二人の戦いは目に見えるもの見えないものを含めて激化するからと言う物だが、これは聊か表層を見過ぎている。


 友人間であろうとも、主義主張が違い別の旗を仰いだ以上は激突は免れなかっただけであろう。


 ゾス帝国歴二三八年九月の終わりのこの事件で両者の違いがはっきりと当人たちにも示されただけなのだ。


※  ※

 

 馬のいななきがアーリー軍団とは別の場所から響いた事をベルシスは認識して、何故か背筋を凍らせた。


 慌てて音が聞こえた方を見れば、そこは険しい起伏の岩場。


 ただ、そこに影が見えず、まさかと崖の上を見上げればベルシスの右目は六騎の騎兵が崖の上に佇んでいる姿を漸く捉える。


 騎兵の一騎が掲げる旗印、それは忘れるはずもないカルーザスの物。


 そして、その中から一騎、淀みなく馬を駆って崖を駆け下って来るのだ。


「お前ならばこうすると思っていたぞ、ベルシス!」

「カルーザスっ!!」

(私の策はやはりカルーザスには見破られていた!)


 ベルシスの狼狽を余所に遅れて五騎が崖を下りだした時には、大地に降り立ったカルーザスがベルシス目掛けて馬を走らせる。


「まさか、本当に来るとはねぇ……」


 ベルシスとカルーザスの間に大盾を構え、槍を手にしたトーリが立ち塞がった。


 それでもカルーザスは何の躊躇もなく馬を駆る。


 ぐんぐんと距離が縮まる中、カルーザスは不意に馬首を翻して急に馬を止めると盾を構えた。


 トンッと乾いた音が響き、ベルシスは自身の策が敗れた事を悟る。


「お前……マジかよ……。帝国将軍は矢除けの加護でも付いてるのか!」


 トーリが呻き、その後に叫ぶのも無理はない。


 カルーザスは風に乗り迫ったディアナの一撃を、見事に伏せていた弓兵の狙撃をなにゆえにか感じ取り盾で防いで見せたのだ。


「カルーザス将軍っ!」

「大事無いっ! だが、そうか読んでいたか……」


 カルーザスはどこか楽しそうに笑った。


「お前だったのか、ベルシス……」

「今更何を言っている……?」


 訝しむベルシスを常勝無敗の名を欲しいままにしてきた男が見据える。


「戦略面に特化していたと思ったが、私と同じフィールドに立ってもいたのか。多彩な男だ。だが、それだけに……」


 トーリの様子を伺いながら馬を歩かせ始めたカルーザスの背後から残りの騎兵が迫った。


 ベルシスは不穏な物を感じ取り腰の剣を抜き放つと同時に、数騎の騎兵がトーリに襲い掛かりカルーザスは馬を回り込ませて再びベルシスに迫る。


「ベルシス将軍っ!!!」


 コーデリアの叫びを掻き消したのは、打ち合い鳴り響く金属音と一瞬で散った火花だった。


 自身の一撃を弾き返され驚愕しながら走り抜けたカルーザスが、馬首を翻して叫んだ。


「腕を上げたな、ベルシス!」

「私に打ち返されるとは、腕が鈍ったか? それで私を討てるのか、カルーザスっ!!」


 叫びを返すベルシスだったがカルーザスの一撃を受けて剣に亀裂が走り、腕は痺れていた。

 

 そうであると言うのにもかかわらず、虚勢を張る。張らねばならない。


「討たねばなるまい、まだその真価を発揮せぬうちに!」


 再び迫ろうとしたカルーザスは、馬上で身を捩って再び狙撃を避けた。


 しかし、視線は射手を探さずベルシスの前に降って来た小柄な影に向けられていた。


 動きやすいように結わえられていた金色の髪は、激しい運動で解れ、ベルシスよりも頭一つは低いながら頼もしい背には、朱がこびり付いている。


「……やらせる物か……っ!」


 気迫のこもった叫びに無駄のない構え。カルーザスのみならず、迫って来ていた残りの騎兵にも鋭い視線を送り牽制する。


 その姿は、歴戦の戦士のそれだった。


(幾ら視界に収まる距離であるとは言え、一瞬でここまで来たのか?)


 ベルシスがそう驚いていると、カルーザスは剣を構えたまま僅かに迷いを見せながら告げた。


「勇者殿とお見受けする。ゾス帝国を代表し、魔王との講和を結んでいただき感謝いたす……。だが、ここでベルシスを討ち漏らす訳には行かぬ」

「……出来る?」


 コーデリアの言葉には不敵な自信にあふれている。


 カルーザスは一度トーリを見やり、それから伏せているディアナのいる方角を見やった。


 最後にアーリーを捕縛して迫ってきているマークイの姿を認めると、一度息を吐き出す。


「確かに怪しい。だが差し違えれば殺せない事も無いのでは? 或いは私だけ死ぬことにもなるやも知れないがやってみる価値はある」


 カルーザスは素早く現状を把握して微かに笑いながら告げた。


 その様子はベルシスが良く知るカルーザスといささか違って見えた。


 戦に楽しみを見出すような男ではなかった筈だが、何処か楽しげにすら見えた。


「ですが、帝国軍人としての矜持もある。一度だけ貴方に免じて退きましょう」


 カルーザスが馬首を翻すと同時に、風に乗って迫ていた矢がその脇を通り過ぎていく。


「閣下……宜しいので?」

「今討たねばベルシス卿は大いなる禍根になると……」


 トーリに相対していた騎兵たちが口々に告げるも、カルーザスは笑いながら言い切った。


「ははっ。確かに、我が友ベルシスは恐るべき敵となるだろう。それでも、魔族との戦いを収めた方に対する敬意を払わぬはゾス帝国人の恥ぞ」


 そして、ベルシスに視線を投げかけて。


「互いに殺しきれなかったな。……同格の者が相手だ、戦場で会う時は私も全ての障害を排除してから挑もう。それまで壮健でいろよ、ベルシス」


 そう告げやれば、一同をぐるりと見渡して疾風の様に馬を走らせて去っていく。


 残り五騎の騎兵たちは一瞬顔を見合わせ、そしてカルーザスの後を追った。


「助かった……」


 ベルシスがそう呟くと一気に気が抜けて、剣を取り落とした。


 紆余曲折はあったがアーリーも捕縛され当初の予定は達成した。


 だと言うのにマークイが鬼の様な形相でこちらに向かって走っているのが見えた。


 ベルシスはその意味をすぐに悟る。


「……コーデリア殿?」

「……無事で、良かったよ……ベルシス……しょうぐん」


 少し違和感のある喋り方で振り向くコーデリアは、ベルシスの顔を見て微笑むとその場でゆっくりと崩れ落ちた。


 脇腹から、真っ赤な血を流して。


「っ! コーデリア殿! コーデリアっ!」


 まだ陽が高く昇っているのに、ベルシスは周囲が暗くなったかのような錯覚を覚えながら彼女の温かい体を抱き寄せて、懸命にその名を呼んだ。


<続く>

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