25.釣り出し
ベルシスが作戦を皆に話してコーデリアが練兵の指揮を執る事で合意に至った後、彼はその足で傭兵たちの元へと向かった。
ロガ領に到着して以降もテス商業連合に行くでもなく、別の仕事場に行くでもない傭兵たちが、自分とその他の雇い主とを秤にかけていると考えたのだ。
そうであれば、交渉の余地はあると。
ただ、いきなり帝国と戦えと言うのは酷であろうと考えたベルシスは、今回の作戦で護衛に幾人か派遣してもらおうと足を運んだのだ。
それでその後も継続して雇われるか、多少の報酬を得てロガの地を去るかは自由であるとも言い含めて。
「彼の高名な勇者殿が護衛に付くのに傭兵が入用ですかい?」
「あくまで彼女は練兵がメインだ、私の護衛がメインじゃない。それに、まあ、取り越し苦労だと思うんだが……備えはきっちりしておく方が良い気がする」
四つの傭兵団を代表してトーリがそう問いかけると、ベルシスは自身の考えを明かす。
明かしながらその脳裏には、かつての友カルーザスの姿が思い描かれていた。
かつてカルーザスは言った。
「相手の状況を踏まえて自分ならばどうするのか、何をやられたら困るのかを考えるだけさ」
と。
つまり、二つの敵を前にしてベルシスがどちらを先に片づけるのか、彼ならば簡単に推測できるだろう。
そして、アーリー軍団に対する補給線を叩くと言う行為から自分の策を見破っているかも知れないと言う懸念があった。
そうなれば、アーリーに軍団の指揮権を譲るように迫るか、それが出来ないのならば……少数での奇襲をもってしてでもベルシスを討つと言う手段も考えられた。
(あいつが本当に私を脅威と感じているのならば、だが……)
ベルシスにとってカルーザスは正に戦の申し子、戦術の天才だった。
そんな彼といずれは対決せねばならないと言う事実が重くのしかかるが、そこに至るまでの道のりは酷く険しく長い。
差し当たっては帝都より派遣される三将軍の軍団を打ち破らねばならないのだから。
(……いや、まずは目の前のアーリー軍団を無力化できねば三将軍と戦えるはずもない。今攻撃するべき敵を見誤るな)
気ばかり逸り、先へ先へと考えを巡らせていることに気付いてベルシスを頭を左右に振った。
「何やら気苦労が絶えないみたいですな」
揶揄するようなトーリの言葉に全くだよと苦笑いを浮かべてからベルシスは改めて問うた。
「それで引き受けてくれるかい? 何が在っても無くても腕利きを寄越せば報酬は弾むよ」
「ちぃと興味がありやすんで、腕利きを送りましょう」
トーリが引き受けてくれると、ベルシスは安堵したように笑みを浮かべて。
「ありがとう、助かるよ」
そう礼を述べた。
これが戦に不向きなボンボンが言ったのならば人の良い事だと肩を竦めたであろう傭兵たちも、寡兵でもって自分たちと戦い打ち破った男が口にするのだからまた意味合いが違った。
「人が良い事で」
出てくる言葉は同じであったとしても。
※ ※
ローデンの義勇兵は当初戸惑っていた。
勇者と言えども年若いコーデリアに指揮される事にではなく……。
「ベルシス将軍、これで良いのかな!」
「ええと、もっと自信をもって良いと思うんだけど……」
彼女はいちいちベルシスに成否を聞くのである。
まるで主の回りを跳ねまわる子犬の様だ。
だが、最初の内は戸惑っていたローデンの義勇兵も、一つの訓練を経るごとにコーデリアに愛着でも持ったのか微笑ましい物を見る目でコーデリアとベルシスを見ている。
ベルシスが兵士達の元に戻って幾つかの指揮を実践するようにコーデリアに伝えると彼女は元気よく返事を返して戻っていく。
その背を見送りながらベルシスは思う。
(彼女には私には無いカリスマ性を感じるな……)
指揮官と呼ぶにはしばらく鍛えねばならないだろうが、将来性を感じてベルシスが微かに頷くと。
「勇者ったって普通の娘ですな。少々能天気な程だ」
「そうだな。彼女のような娘も戦に巻き込む自分自身に嫌気がさすよ」
護衛としてくっ付いてきた傭兵団の頭の一人トーリが可笑しげに語りかけて、ベルシスが返答を返せばそれも可笑しかったのか更に笑みを深めている。
「どうも御大将はあの娘に甘いですな」
「そんなつもりは無いんだがね」
「おおよその話は聞きましたがね。てっきり方便かと思ってたんですがねぇ、事実でしたか」
トーリは詩人のマークイと同じくらいにベルシスに気安く話しかけ、ベルシスも怒るでもなく話し相手になっていた。
似た年代、しかも厳密には上司と部下でもない関係と言うのは大事な物だと彼らと会話を交わしながらベルシスはしみじみと思う。
「しかし、過去の仕事ぶりを悔やむ真面目な男がうちの頭目の戦術まで見破るとはねぇ」
「クラー領内の戦い、エタン陣営の被害を分析すれば古参兵士への流れ矢が多すぎたからな。大分腕の良いのがいるんだろうと思っていたが……彼女がそうだったとはね」
若々しくも危なっかしいコーデリアの指揮を見守りながらトーリと世間話をしているとベルシスの耳に地響きにも似た音が届いた。
雨期も過ぎて、輝くような太陽が丁度頭上に着た頃合い。
(掛ったか……)
兵士たちの訓練を少し離れた所で椅子に座って見ていたベルシス目掛けて、数多の殺意が向けられているのを当人も護衛のトーリも感じていた。
音と殺意の方角を見やれば、百程の騎馬の軍勢が真っ直ぐに駆けて来るのが見えた。
「六万の軍を率いていた御仁とは思えん兵数の少なさですな」
「敵のあの数の少なさには訳があるのさ」
ベルシスは事前に駐屯している軍が多数で動けば即座に全軍でカムン領に攻め入ると領主に警告しておいた。
軍に言ってはダメだ、この場合は領主に言わねば意味がない。
もう一戦すれば勝てるかもしれないと軍なら考えるが、領主としては戦場となり領内が荒れる方が問題だ。
そうなると領主が軍に動くなと釘を刺す、補給物資の担い手にそう言われては軍も早々動けまい。
それに、物資が届かず敗戦で求心力の低下した将軍の策に、飯を碌に食えない兵士の多くは従わないだろうとも考えていた。
それらの考えをトーリに伝え。
「事実、そうなったようだ」
「ははぁ……。領主からは戦になれば領内が荒れると文句を言われ、兵士の多くはついて来ないとなれば少数による奇襲しかないって訳ですか。中々えげつない事を」
肩を竦めるトーリに対してこちらも慈善事業ではないからなとベルシスも肩を竦めた。
(あの百ほどの敵はアーリー将軍の子飼いの兵士なのかも知れないな。……ともあれ、獲物は網にかかった)
コーデリアは騎馬を見つければ即座に指示を出す。
「将軍を守るぞーっ!」
ベルシスには何だか少しばかり気が抜ける様な指示だったが、ローデンの義勇兵の士気は高くおおっ! と応えが返った。
「あれで士気上がるんですかい……」
トーリも呆れた声を出さざる得なかった。
どちらにせよ、アーリー将軍の釣り出しには成功した。
だが、釣り出されたのは果たして彼女だけであったのだろうか。
迫るアーリー軍団の騎馬をコーデリア率いる義勇兵が進路を塞ぎ、ぶつかり合う。
最初のぶつかり合いでローデン義勇兵に損害が出たが、混戦になってしまえば騎兵の機動力は殺される。
元より数的に少ないアーリー軍団の騎兵は一騎、一騎と討ち取られていく。
ゾス大陸ではあまり見ない意匠の黒い鎧を纏ったアーリーとコーデリアは再び剣を交えている。
アーリーの側近は懸命に抗っているが大勢はほぼほぼ決し始めていた。
「どうやら勝ったようですな」
そうトーリが口にした瞬間、どこかで馬のいななきが聞こえた。
<続く>
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