24.二つの敵
帝国の三将軍が率いる軍は一体どの程度の規模になるのか? いつ進軍して来るのか? 分からない事だらけではあるが情報をかき集める日々が続く。
その様な状況下でもベルシスが今一番懸念しているのはアーリー将軍の存在だ。
トウラ卿がどのような意図で送り込んだのかは分からない。
だが、鳴り物入りで将軍になり、功績を上げんとロガの地に進んだが五分の一の兵数であるロガ軍に敗北してしまった彼女の焦りはどれ程の物だろう。
ベルシスはその様に彼女の心中を推し量る。
この様に相手の立場になって考える事が戦では重要だ。
いや、これは戦以外でも重要なことかもしれない。
ベルシスにそう教えてくれたのはカルーザスだった。
ベルシスは一度彼に問うたことがある、何故そうも敵将の動きを見極めることが出来るのかと。
すると、カルーザスは肩を竦めて答えた。
「逆に私から問うが、何故君はそれほどうまく補給路を構築して、物資を送り届けられるんだ?」
「……私は兵の動向を気にし、彼らがここで物資が届かないと困ると言う不安を読み取り、そうはならないように苦心している。補給線を叩く際は逆の……ああ、そう言う事か」
「そうだ。相手の状況を踏まえて自分ならばどうするのか、何をやられたら困るのかを考えるだけさ」
余りにも簡単な物言いに、その時はなるほどとベルシスは頷きを返した。
だがよくよく考えればとんでもない事を言っていたと今では思っている。
ともあれ、彼の言葉通りにアーリーと言う将がどう動くのか、何をやられたら一番困り、何をしたら喜ぶのかをベルシスは懸命に考えた。
将軍に抜擢されたのが誰の意図かは不明ではあるが、当人は物怖じせずに就任した。そこには何か理由があり、ある種の期待があった筈だ。
それが最初の仕事で
未だ、軍の立て直しが上手く行っていない状況で、撤退するでもなくロガの地を伺うカムン領の一角に軍を置き続けている事で、凡その見当はつく。
なまじ能力があり矜持があり、そして目的があるから戻るに戻れない状況なのだろう。
確かにアーリー将軍やその取り巻きの能力は高く侮れないが、主に戦うのは配下の兵士たちだ。
如何に優秀な将であっても部下が言う事を聞かなければ、その優秀さは発揮できない。
新任で兵士たちとのコミュニケーションをとる時間も無く出陣し、敗北となればその求心力は低下する。
特にベルシスが嫌がらせに傷病兵を捕虜と共に帰陣させた事でその対処に労力が削られている筈。
そうなれば、その心中はどれ程荒れてるのか。
更にベルシスは手を抜かずに手を打ち続けている。
「閣下、敵の輜重隊を撃滅いたしました」
「よくやった、物資は奪えたか?」
「六万弱の兵士の物資としては少ないですが、わが軍の兵数には十分な量は確保しました。ただ……」
「補給頻度は少なくて、その量では図らずともアーリー軍団は飢えだしただろうな。しかし、物資は私たちが有効に使わせてもらおう」
帝都からの補給が滞りがちであり、なおかつベルシスが補給線を徹底的に叩いている事だ。
(カムンの領民には可哀想な事をしているが、易々と滅ぼされる訳にはいかない。それに……)
そんな事を考えているとベルシスの伯母ヴェリエが声を掛けてくる。
「ベルシス、それではアンジェリカ殿の働きかけと言う事でロガ領の物資をカムンに流しますよ?」
「領民にいきわたる様に神官たちには言い含めてください」
多少の援助はする。
(領民は飯が食えて軍隊が飯が食えない状況で何が起きるか私は知っている……)
その援助が生み出す状況こそベルシスが欲している物ではあるが、行き過ぎても不味い。
帝国軍とていきなり略奪はしない筈だ。
だが、軍とカムン領の間で軋轢が生じるのは目に見えている。
その時を待って、ベルシスはアーリー将軍が飛びつきたくなる餌を用意する事にしている。
思わず食らい付きたくなるような餌、それも起死回生の一手となる餌となれば、それはベルシスの首以外にはないだろう。
またもや命を賭けねばならない。
(……どうも隻眼になってから、死の恐怖が薄らいでしまって碌なもんじゃない)
自分がどこか壊れ始めているんだろうかと不安を覚えながらベルシスは策を推し進める。
自身がおかしいのではないかと言ういつもと違った憂鬱を抱えながら、ベルシスは情報を集め続けた。
帝都より迫る三将軍の軍団と、カムン領に居座るアーリー軍団と言う二つの敵の情報を。
そして、一カ月と言う時間が流れるも、帝都での軍編成にはなお時間がかかっている様子。
おかしな話だと首を傾いでいたベルシスの元にアーリー軍団がカムンの領主に疎まれていると言う情報を手に入れた。
ベルシスならば叱責を恐れずに帝都に引き上げているが、アーリーはそれが出来なかった。
それは矜持か或いは戻っても罷免されるだけでは済まないと言う恐れがあるのか。
ともあれ帝都には戻れず、しかも補給は届かずでは兵士の心は一層離れる。
そこで、カムン領に補給の負担を強いたが、一カ月も続くとなるとカムンの領主も音をあげざるえない。
六万の前後の軍に飯を食わせるのは並大抵のことではない。
カムン領とて貧乏と言う程ではないが、何の備えもない所にいきなり六万の軍尾飯を食わせろでは財政が圧迫されているのは火を見るより明らかだ。
(そろそろ動くには頃合いだ。これ以上待てばカムン領と帝国軍の間に埋める事の出来ない溝を作ってしまう可能性まで出てくる……それは望む所ではない)
そう決断をくだせばベルシスは軍議を招集した。
※ ※
「そう言う訳で私はローデンの義勇兵を練兵すると言う名目でカムン領との境付近まで出向こうと思う」
軍議の席でベルシスが皆に告げると、リウシスが肩を竦めて告げた。
「敵が困る状況を助けに行くのか?」
「領民を敵に回すのは得策じゃない。それに、二つの敵を抱えて戦えるほど戦力は潤沢じゃないからな。……確実に一つずつ叩く。ついでに言えば民に武器を向けるような軍を率いて来た訳じゃないし、そんな事はさせない」
最後のは長年帝国軍を率いて来たベルシスの矜持、言い換えればエゴでしかない。
だが、そのエゴを伝えれば異論はないようでその案が採用された。
ただし、誰がベルシスの護衛をするのかで少し揉めた。
「少数で行くしかないなら、アタシが行くよ」
「大丈夫か? コーデリアはそそっかしい所があるからな。兵の指揮には興味がある、俺が行っても良いが」
「リウシスも指揮と言う意味では素人、ここは従軍経験がある私が赴き決着をつけるのが安全ではないでしょうか?」
「ええっ! アタシで大丈夫だよー」
三勇者はそれぞれが護衛を申し出たのである。
練兵と言う表向きの理由がある以上は、カナトス騎兵であったシグリッド当りが適任かとベルシスは思っていた。
だが、確かに今後を考えればコーデリアとリウシスの二人の能力の見極めておいた方が良いだろう。
(少数戦闘の指揮と戦の指揮では意味合いがだいぶ違うからな……。レヌ川での戦いを鑑みるに、二人とも相応の能力はあるように思えるが……)
「気になる事がある。今回はコーデリア殿に頼めるだろうか?」
「アタシ? 良いよ、喜んで!」
ベルシスは考えた挙句にコーデリアを連れていく事にした。
その言葉を聞きぐっとガッツポーズを取りながら喜びを露にするコーデリアを見やり、ベルシスは僅かに胸が痛む。
この様な明るく朗らかな娘まで戦に巻き込むのかと、今更ながらに。
<続く>
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