29.ベルシスとコーデリア
ベルシスにとって叔父ユーゼフが力を貸そうと思うようになったことはありがたかった。
カナギシュとボレダンの軋轢もどうにかなるかもしれないと言う希望が見いだせはしたが、未だにベルシスの心に影を落とす問題がある。
その問題とはアーリーの処遇をどうするかと言う事だ。
ベルシスはコーデリアに手傷を負わせたのがアーリーであることを知っているため、決断をくだせずにいた。
本来ならば因縁も薄い相手だが彼らは敵将である、将ならば兵と違い責任を負ってもらわねばならない。
とは言え、ぱっと出の将軍、それも若い娘に責任全てを負わせるのは違うようにベルシスは感じていた。
それに正直に言えば、ロガの領民も彼女にはさほど興味がなかった。
元凶は皇帝であると言うのが大前提だが、何よりベルシスに敗れた事で頭数を揃えるためだけに抜擢された可哀想な人と言う評価まである。
当人にとっては屈辱的であろうが、ベルシスにとっては極刑で臨まなくてはいけないと言うひりついた空気感とは無縁でありがたかった。
極刑に処すと言う事は殺すと言う事だ、殺してしまえばその人物との縁に次は無いのだ。
後は、ベルシス自身のわだかまりをどうにか飲み干せれば幾らでもやりようはあった。
コーデリアを傷つけた相手というわだかまりを飲み干せれば。
(……それを思うと聊か自信がなくなる……)
我ながらこの心の動きをどう評した物かとベルシスは悩みながら歩いていると、いつの間にかコーデリアが伏せている部屋の前にいた。
僅かに躊躇したのちに扉をノックするといつもの通りアンジェリカが顔を見せて、少し呆れた様に笑った。
「将軍、コーディは大丈夫ですから、ご自身の執務に戻ってください」
「そうは言うが、まだ話をしていない。自身の口で礼を述べたいのだけれども」
コーデリアが傷を負って数日後には意識も戻ったとは聞かされたが、未だに面会できていない。
無事を知ってまずは安堵したものだが、それでもベルシスはコーデリアの顔を見て自身の言葉で礼を述べたかった。
「そうですか。――しかしながら、コーディ―自身が今は会いたくないと」
「会いたくない訳じゃないよ!」
扉の向こうからコーデリアの声が聞こえ、その言葉にベルシスは少しホッとする。
「ああ、そうですね、今のはわたくしの言い方がいけませんね。――将軍」
アンジェリカは僅かに声をひそめて改まって告げる。
「う、うん」
「守った相手がそんなにすまなそうな顔をして、謝りに来るのがコーディには辛いのです」
「いや、しかし、私の判断ミスで」
「そう言う自省は心の中でやってください」
とりつく島もなくぴしゃりと言われた。
確かにそれはそうなのだが、ベルシスは一言謝らねば前に進めないとも感じていた。
「確かにそうだ。だが、私は直に彼女に謝りたいのだ。前に進むためにも」
「将軍、貴方は気負い過ぎていますよ、特にコーディに対して。守るべき民に守られたことは将軍として恥ずべきことと考えているのかも知れません。ですが、民とはそこまで弱い者でもないのです」
アンジェリカは説法をするかのように、まっすぐとベルシスを見据えてはっきりと言った。
「上に立つ者の為に死ぬことも辞さず戦うのは何も兵士ばかりではありません。糧食を提供する農民も、金銭を提供する商人もそれぞれの命を削っているのです。ベルシス将軍ならばご存じでしょう? そして、将軍の為に命を賭けようとしているのはコーディも同じこと」
「アンジェリカっ!」
また、コーデリアの声が部屋の奥より聞こえた。
「……あまり怒らせてもいけないですね、傷に障る。……正直な所、傷を負った事でコーディは少しネガティブになっています。魔王城に赴いた際にも傷は負っていますが、それらもまとめて嫌悪の対象になってしまったと言いますか……」
コーデリアを慮って、囁くような声音に変えてアンジェリカは話を続けた。
「何故?」
「将軍、貴方の所為ですよ。傷を負った事で醜いと嫌われたらと言う乙女心です」
そう言われた所でベルシスには乙女心は分からない。ただ、自分の為に傷を負った者を自分が遠ざける訳も無いと心中で呟くのみだった。
そして、これを素直に伝えれば良いのかと口を開く。
「……では、コーデリア殿に伝えて置いてくれ。どれだけ傷を負おうと君の気高さ、美しいさは減じる事はない。いや、一層輝きを増すだろうと」
「――それは……当人に言ってあげると良いと思いますよ。ただ、今は別の意味で傷に障るので、数日後にでも。――ああ、将軍」
アンジェリカはまた少しだけ呆れたように笑ってから、そう付け加えた。
頷き踵を返すベルシスの後ろ姿に彼女は再び声を掛けて呼び止めた。
「何だろうか?」
「コーディをよろしくお願いします」
「……分かった。肝に銘じて置くよ」
ベルシスもその言葉の意味を理解できない程、疎くはないつもりだった。
ベルシスの言葉に満足したのかアンジェリカは頷きを返して、コーデリアが横になる部屋に戻っていく。
そんな会話のおかげなのか、ベルシスは自身の足取りが先程までより大分軽くなったことに気付いた。
(コーデリア殿の声が聞こえたからだろうか?)
きっとそうなのだろうと考えながら、自身の居室兼執務室の扉を開けようとしたベルシスを呼び留める声。
「ちょっと良いか、将軍」
「ああ、リウシス殿。……アーリー将軍の件か?」
「ああ。
「何故だ?」
「彼女は、アンタに神を見ている」
その言葉の意味が理解できず、困惑を表情に浮かべるベルシスを見てリウシスは腹を揺らして笑った。
「アンタは、コーデリアの一件であまり良い感情を持ってなさそうだが、向こうはアンタを神性視している節がある。将として個人の情を押し殺して口説いてみてはどうだ?」
「私にそれが出来るとでも?」
「まあ、無理だろうな。それでも、一度しっかり話し合ってみろ、恨み言を言うのでも良い」
そう告げてリウシスは疲れた疲れたとぼやきながら食堂の方へと向かっていく。
(また食うのか? やはり食わないと体型の維持と激しく動けるを両立できないのか?)
等と思いながらも、ベルシスは彼の忠言を頭の中で吟味していた。
<続く>
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