22.テランスの死

 エタンの軍が迫る中カナギシュ騎兵の強襲を受けたテランス陣営は崩壊した。


 いや、傭兵たちは踏みとどまりカナギシュ騎兵の攻撃をしのいでいたがテランスが陣を放棄して逃げ出した。


 傭兵たちがそれに気づいたのは、テランスの陣営に一撃を加えたカナギシュ騎兵が撤退するのに合わせて、兵を再編しつつエタンとの戦いに備えようと足掻いていた時だ。


 報告に向かったトーリがテランスの天幕に訪れると、そこは既にもぬけの殻であった。


 テランスの馬も幾つかの装飾品も消えていた事から、傭兵たちは雇い主が逃げ出した事を悟った。


 そうなれば戦う意味は無い。


 自分たちが無事に生き残るために、ベルシスとエタンどちらに降るかを相談すると、大方の意見ではベルシスに降る方が良いと言う意見が占めた


 理由はベルシスは将軍として戦い慣れており、傭兵の扱いも心得ているであろうと思われたからだ。


「凡夫だなんだと言う奴はいるが、性格が悪いとは聞かない。そこに賭けるしかない」


 ベルシスに降るべきと主張したトーリがそう告げるとディアナが頭を軽く振りながら反論する。


「射抜こうとした相手に降れと?」

「そんな物は戦場の常だ、奴さんは気にしないと思うがね」


 むしろ、俺たちに価値を見出してくれるかもしれないとトーリはさらに告げた。


 ラザもベガもその言葉に頷きを返し、ディアナを見る。


 整った自慢の口髭を撫でやりながらラザは言葉を継いだ。


「だが、俺たちの頭目はあんただ、ディアナ。その弓の腕があればこそ俺たちは稼いでこれたんだからな」


 その言葉を聞き、ディアナは一つため息をついた。


 どうにか得た同志だ、その意見を無視することは出来ないし、ディアナ自身もそれが実は正解であろうと感じている。


 雇い主は既に逃げだしてしまった今、仕事を完遂しようにもできる状況にない。


 それに今のままでは現領主の軍に敗者として追われ続ける羽目になる。


 それよりは降る方がずっとマシだとディアナも腹を括った。


「ベルシス・ロガに降る。雇い主が逃げた為、抵抗を止めると使者を送る」


 そうディアナが告げると、傭兵たちの方針は決まった。


 すぐさま使者が送られベルシスは彼らの武装解除を条件にその身の安全を確約した。


 ここにクラー領内の内紛は実質的に終わりを迎えた。


 逃げたテランスの行方はエタンの方で探すだろう。


 そこから先は連中の問題だと言うのが傭兵たちの認識だった。


 ※  ※


 ベルシスとの話し合いで傭兵たちはロガ領まで行動を共にして、その後はロガ領の商業港からテス商業連合に渡るも自由、ベルシスに雇われるも自由という形でその処遇は決まった。


 間近に見たベルシスは隻眼である以外は目立った所のない男であったが、ナイトランドの魔族が行動を共にしているのを見て傭兵たちはこれが単なる反乱では終わらないかもしれないと言う予感を覚えた。


 ベルシスは穏やかな口調で傭兵たちそれぞれが難敵であったと素直に感嘆し敬意を表した。


 人格は安定しており温厚な人柄が見て取れる、その証拠にベルシスの方針を魔族の少女が修正すると、しばし考えてからそれも良いなと受け入れる場面が二、三度あった。


 ただ、それが定めた大元の方針に従っていれば自分の考えに拘泥しない様子と捉えるべきか、人の意見に左右されやすいだけなのかはまだ分からなかったが。


 ただ、テランスよりははるかに将来性があるように感じた。


 ならば、傭兵たちにとってもここは勝負の賭けどころ。


 彼らとてただ生き永らえるだけでは意味がない、次の仕事にありつかねばならない。


 もしベルシスに雇われると言う事は敵はゾス帝国、凄まじいまでの軍事力を持つ大帝国が相手。


 それほどの敵を相手に生き残れるのかすらおぼつかないが、もし次の一戦にもベルシスが勝利するようなことがあれば……。


 そして、その戦いに自分たちが加わっていたとしたら……自分たちの価値が跳ね上がる、クラー領内の敗戦など一顧だにされない程に。


 今のままでは雇い主が逃げたとはいえ少数の敵に敗れた傭兵団、別の戦場で買い叩かれる可能性があり価値を高めるためには多くの時間を費やすだろう。


「……っ」


 そこに考えが至ればディアナは口を開こうとしたが、トーリがそれを視線で諫めた。


 自身の兵をまとめ上げる為にベルシスより離れてから、トーリは諫めた理由を口にした。


「今すぐに雇ってくれと言えば足元を見られるかもしれねぇからな。今の処遇のままロガ領まで共に向かい、そこで進退を決める方がより交渉も容易い筈さ。それに……」

「それに?」

「こっちが雇い主を品定めできる時間ってのは中々貴重だぜ?」


 そう笑ったトーリに、違いないとディアナも笑った。


 ※  ※


 ベルシスが傭兵たちと話し合いをしている頃、テランスは一人馬を走らせていた。


 なぜ自分がこんな目に合わなければならないのかと、全く自身を顧みることなく。


 長く特権階級に居座り、好き勝手に生きてきた男には自分が悪いのではと言う発想がない。


 役に立たない傭兵が、無能な甥に不出来な息子が、そして運だけで生きているベルシスが悪い。


 このように自身を省みれない病は昨今も変わらず蔓延っているが、テランスのそれは群を抜いて重病であった。


 馬上にあっても、ある農家に転がり込んでからもテランスは他者に罵詈雑言を並べ立てていた。


 これは筆者の想像ではなく、彼を殺してその遺体をエタンに差し出したと言う農民の調書に記されている。


 その農民は横柄に振る舞い匿うようにわめく前領主に酒を振る舞い、酔って寝込んだ隙に農具で殴り殺したと調べに対して述べている。


 動機は息子の仇であるとも。



 結局、テランスと言う男は誰に対しても何ら責任を果たすことなく、因果の報いを浮けて朽ち果てたのだ。

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