21.クラー領内の戦い エタンの進軍

 初戦撤退と言う傭兵たちの戦いぶりにテランスは激怒した。


「何故数に勝るクラー領兵とは互角に戦えても半数以下の敵を一蹴できんのだっ!」


 テランスがそう怒りをぶつける相手は中央の陣を指揮するトーリ。


 テランスには彼が傭兵たちを総括していると伝えてあるのだから、トーリが呼び出されるのは当然と言えた。


(そりゃ、ベルシスってのがあんたと違うからだろうよ)


 内心そんな事を考えるが、流石にトーリも思った事を口には出さなかった。


 こんな雇い主は幾らでもいる。


 最も、ここまで自身の兵を持てない男も珍しいが。


(敵将は才能も運もこの御大将と違って持っている。騎馬民族に異様に士気が高く思っても見ない動きをする歩兵……。これに勝っちまったら御大将は破滅にまっしぐらだったろうさ)


 戦は運の要素も絡む事をトーリは良く知っていた。


 間違えた戦略を声高に訴えて、それに邁進した者が間違って勝ってしまうと言う事例すらありえる。


 無論、そんな勝ちは一度か二度しか続かない。


 それでもトーリは勝ってはならない時に勝ってしまったがゆえに、壊滅的な事態を引き起こす事を知っていた。


 もし、今回ベルシスに勝っていたならばきっとそうなっていただろうと確証は無いが確信できるのは、テランスの振舞を間近に見ている為だろう。


 今のゾスの皇帝も酷いと言うが、目の前の男ほどではないだろう。


 部下が功績をあげれば己の物、部下に失敗があればあげつらい責め立てる。


 ましてや陣中に女を連れ込み好き放題やっている様にはうんざりする。


 本来ならばディアナが己の立ち位置に居るはずだが、この男を相手にするのは危険すぎると自分が矢面に立っていた。


 それが誤解であれば良かったが、まったくもって誤解でも何でもなく正しい認識なのが虚しい話だ。


(付き合いの浅い雇われ者の俺たちですらこうなのだ。領兵の殆どが甥っ子に付くのは当然って訳か……。そうなると……甥っ子の追撃がないなんてありえんよなぁ)


 今少し人望のある男であれば足止めの策も有効であろうが、果たして本当に足止めされているのか。


 一戦して疲弊したところを狙っているのではないかと思わずにはいられない。


「貴様、聞いているのかっ!」


 テランスの怒声が響き渡った。


 考え事に集中していた為に問いかけに返事できなかった様だ。


 内心舌打ちをしながらトーリは告げる。


「すいやせんね、どうにも背後が気になるもので」

「馬鹿も休み休み申せっ! 一体何を気にすると言うのだ! 策は完ぺき――」

「報告っ! 物見よりエタン軍が接近していると報告はいりましたっ!」


 まるで喜劇のようなタイミングで最悪な報告がもたらされた。


 ベガ隊は歩兵、魔術兵ともに損害著しく全体の三割近くが戦闘行為が不可能。


 ラザ隊は人的被害は少ないが馬に被害が出ており、機動力を生かせそうにない。


 トーリの率いる重装歩兵陣とてカナギシュ騎兵の短弓の洗礼と士気高い歩兵の抵抗にダメージを負っている。


 ディアナの弓兵部隊とてカナギシュ騎兵の強襲を受けている。


 そこに数に勝るエタン軍の到来? 下手をすればベルシス軍と挟み撃ちの憂き目にあう。


 報告に口をパクパクさせているテランスにトーリはぞんざいに告げた。


「御大将、ここは逃げるべきでしょう」

「――馬鹿を言うな」

「はっ?」

「エタンが来る前にベルシスとケリをつけるのだっ! 全軍に攻撃を周知せよ!」

「戦いに勝った後に何が残るってんですかい……?」


 我ながら冷め切った口調だとトーリは思う。


 そんなトーリとは反対にテランスは顔を怒りで赤く染めながら、溶岩のように燃え滾る怒りをあらわにした。


「ベルシスの死にざまを見れればそれで良いわっ!」

「……そいつは、契約不履行と見て宜しいか?」


 トーリの口をついた冷え切った言葉は刃のような鋭さを纏っていた。


「――なんだと?」

「俺たちは傭兵だ。払う物を払って貰えりゃ我がままにも付き合いましょうがね。ただ、金も払わねぇで生きる事を放棄して死のうとする雇い主と心中する気はねぇんですよ。それに……俺がベルシス・ロガならば」


 この機を逃さずに攻勢に移ると最後まで告げる間もなく、敵襲を叫ぶ兵士の声が木霊した。


「エタンが動いたならば必ず襲撃を仕掛けますな。まあ、この言葉も遅きに失した感がありますがね」


 そう告げてトーリは陣頭指揮の為にテランスの天幕を後にした。


 傭兵頭の一人として雇い主を見限ろうとも部下を生き永らえさせるために足掻きに足掻かねばならない。


※  ※


 初戦を切り抜けたベルシスの元にリアとマークイが戻ったのはテランスの攻勢を退けてすぐの事だった。


 リアからエタン陣営の様子を聞いて、ベルシスは安堵の息を吐き出しながら告げた。


「危うかった訳か」

「そうね、テランスの第二子シメオンと第三子ロジェが強硬に攻勢を訴えなかったら危うかったわね」


 リアとマークイがエタン陣営を訪れた際には、エタン陣営の中にはテランスの今回の動きは罠とする意見が大勢を占めていたらしい。


 そこに二人の使者の登場でエタン陣営は紛糾したそうだが、結局はシオメン、ロジェが強硬に攻勢を訴えたために軍を動かしたと言う事だ。


 そして、既にロガ軍と一戦を交えて押し返されたと言う報告にクラー領兵も湧き立っている。


「では、もう一押ししてくるか」


 カナギシュ騎兵を指揮するウォランは既に夜半だと言うのにそう告げてテランス陣営に襲撃に向かおうとした。


「脅かす程度で良い。そうすれば尻尾を巻いて逃げだすはずだ。少なくともテランスは」

「傭兵と言えども中々に手ごわい連中だったからな。将軍の言う通り、脅かす程度にとどめておこう」


 ベルシスがその背に声を掛けるとウォランは振り返って頷き、天幕の外へと出ていく。


「これでどうにかクラー領に恩を売ることは出来たな」

「気に掛けていた内紛の処置も出来たしな」


 ベルシスが打算的な事を告げると可笑しげにマークイが言葉を挟む。


 肩を竦めて寝袋に腰を下ろすベルシスにリアは周囲を伺いながら問いかける。


「そう言えばフィスルは?」

「敵傭兵の弓兵に腕が良いのがいるようでね、距離は大分あった筈だが一矢我らの元に飛んできた」

「まさか、それで怪我を?」


 幾分焦ったようなリアの声にベルシスは緩く首を左右に振りながら困ったような声音で続けた。


「いや、最初矢には気づかなかったんだが悪寒が走って、思わずフィスル殿を抱えて横に飛んだから大事無かったが……その、雨が降っていたからな、髪やら顔を泥だらけにしてしまって……」


 それで大層怒られたと肩を落として告げるベルシスを見やり、リアとマークイは思わず笑っていた。


<続く>

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