19.クラー領内の戦い 荒天の下
ベルシスがテランスの軍勢にその姿を認めた傭兵たちは大別して四つの集団に別れていた。
最も数がおりパーレイジ王国の重装歩兵を思わせる一団。
これは帝国東部の動乱の際に帝国とも戦ったパーレイジ王国の軍縮のあおりを受けた一団かも知れない。
東部の強国であるガザルドレス、パーレイジ、そしてカナトスはそれぞれ固有の戦術を持つ。
カナトスは白銀重騎兵と呼ばれる重騎兵の運用を得意とし、パーレイジは先ほども記したとおり重装歩兵の運用を得意としている。
ガザルドレスは魔術師の運用に独特な戦法を用いるが、彼らの戦法その全てを帝国が東部動乱と呼ぶ戦いの際にカルーザスにより破られている。
新たな戦術ドクトリンを開発せねば東部の三強国はジリ貧であろうと言うのがベルシスの見立てだった。
国力では帝国が圧倒的に勝っているのだから。
それはさておき、目の前の敵はパーレイジの重装歩兵ばかりではない。
敵右翼に存在する妙に軽装な騎兵たちも異彩を放っている。
フィスルの話によれば、それはどうやらバルアド大陸のどこかの国の戦術を用いる騎乗した魔術師たちではないかと言う事だが、何の確証もない。
左翼に座するはガザルドレスの流れを汲むと思われる歩兵と魔術師たちだろうかとベルシスは当たりを付ける。
通常の魔術師は遠距離に特化しているが、ガザルドレスの魔術師たちは近距離に特化している。
彼らは投擲魔術を扱いやすくするため小さくする事に成功しており、それを大盾を装備した歩兵陣の合間からまっすぐに撃つ。
歩兵陣の突破に手間取った敵は石つぶてほどの小さい火球を無数その身に食らう事になる。
そして中央の重装歩兵の背後には弓兵部隊が控えていた。
どこの国の流れを汲んでいるのかは定かではないが、弓の扱いは何処でも大差が無い。
ただ、あそこまで固有の戦法を持つであろうアクの強い傭兵団の中に在って、その没個性的な在り方はやはり異様にも思えた。
「中央、および左翼でこちらを圧迫しつつ左翼と中央後方の弓兵部隊で撹乱を狙うと言った所か?」
「左翼、右翼共に然程数は多くないけれどね」
「魔術師が主体になればその数は減るさ……。中央との厚みの差が何かの作戦なのかどうか」
正直に言えば敵はただ正攻法で攻めても良い筈だ。
ベルシスが指揮する兵数に比べ二倍近い数を揃えているのだから。
中央の重装歩兵だけでベルシスの指揮する三千五百の兵馬に匹敵する数に思える。
その背後の弓兵も千は数えるだろうか。
敵左翼の歩兵と魔術師の組み合わせも約千ほど、七対三の割合で歩兵が多い。
左翼の軽装の騎兵だけが五百ほどとその数は群を抜いて少ないが、動きが読めない分危険な相手ともいえる。
「傭兵についての情報が無いのは痛いな」
「ガト大陸ではあまり商売にならないからね。大体彼らを重用するのはテス商業連合だし」
商人が商人の為に起こしたと言われるテス商業連合は売れるものは何でも売る。
兵も奴隷も何でも。
だが、ゾス帝国は開祖からして奴隷制度に消極的であり、三代皇帝にして哲人と言われたカナン帝は完全に奴隷制度廃止論者であった。
その為、奴隷と言う存在をゾスは否定し全て市民として扱う事にしていたのだ。
その様な経緯から人身売買には手を出す事が無かったゾス帝国がガト大陸の盟主である以上、ガト大陸でのテス商業連合の商売は下火にならざる得なかった。
実の所ベルシスと叔父ユーゼフの確執が始まったのも、少年ベルシスが親族の集まりで計らずとも叔父が進めようとしていた奴隷制度導入計画を阻止した事にある。
その叔父ユーゼフが何ゆえに奴隷制度の導入を計ったかと言えばテスの働きかけがあっての事。
情報とて売ってくれるであろうテス商業連合にベルシスがあまり深入れしていなかったのは以上の個人的な経験がそうさせていた。
とは言え、その為に必要な情報が手に入らないと言うのも考え物。
テス商業連合とも付き合いを深めて行かなくてはならないだろう。
(この戦いに勝てたらの話だな)
ベルシスは敵陣から吹き付ける風に隻眼を細めて思う。
「騎兵及び歩兵、所定位置についたわ」
雨に濡れながらアネスタが報告にやって来る。
「ああ、ご苦労さん。しかし、ローデンの兵があんな事できるとはな……」
「うちの旦那が焚きつけたからね。高々千五百の集団で何ができるっ! てね」
「そしたら、民兵を指揮していた人が思い出したんでしょう? 確かに帝国ではあんな移動方法使ってたらしいけれどね」
ベルシスの言葉にアネスタが肩を竦めて答え、フィスルも感心したように続けた。
ウォランとしては騎兵二千と歩兵千五百では戦術的価値が違うし歩兵交じりでは行軍速度が落ちる、そこで追い返すためにあえて高圧的にローデンの民兵にウォランは問うたらしい。
だが、まさかその答えがこの様な形での移動を可能にするとは思いもしなかったとは当人の弁だ。
つまり、ローデン民兵がカナギシュ騎兵の鞍にすがって移動すると言う方法だ。
乗馬歩兵と言われるこの移動方法はゾス帝国三代目カナン帝の軍事改革により姿を消したが、ローデン民兵の指揮官は過去にやれたのだから今も出来ると言い放ったのだそうだ。
(とんでもない馬鹿者だが、現実にやり通してしまったからな。後でそいつとも話をしなくてはいけないな)
優秀な士官は一人でも欲しいベルシスにはその様な困難をやり遂げさせる指揮官が仲間にいると言うのは心強い。
当初は中々うまく進まなかったが、ローデン民兵は徐々にその移動法を習得して、思いのほか早くクラー領内までたどり着いたのだと言う。
(つまり、歩兵が騎兵の速度で展開できると言う事だ。今回のような小規模な戦いに限らず使い方を誤らねば中々の威力を発揮できる……筈だ)
荒天であっても実際に移動してきたと言う彼らの言葉を信じて、素早い動きでの機動戦を計画したのだ。
兵力差がある以上はまともにぶつかってはクラー領内現領主エタンが軍を差し向ける前に敗北する。
そうはならないためには、機動力を生かした攻撃で傭兵の戦意を挫き、易々と攻勢に出られないような状況を造り上げる事が肝要だ。
「ウオルは?」
「天幕で寝てるわ」
アネスタの言葉にベルシスは笑い。
「大物だな。さて、叔父上に孫の顔を見せてやるためにも頑張るとするか」
そう告げると、攻撃命令を放った。
その命令と同時に敵左翼へと回り込む様にカナギシュ騎兵の一団が向かっていく。
ローデン歩兵三百と共に。
<続く>
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