12.合流、そして再会

 程なくしてリアが偵察より戻れば、驚くべき情報を持ってきた。


「帝都よりクラー家に使者が来ていたみたいね」

「私の捕縛でも命じる為か?」

「将軍がここにいる事はバレていないわ。民兵の集団も関係なし」


 それでは一体何のだと用だと眉根を寄せると、リアは肩を竦めて種明かしをした。


「テランスは大分追い込まれていたみたい。元より横暴な男だから人心も離れていた。なのに領内を二分するほどの勢力を今では持っている」


 その意味を考えれば帝都からの使者が何の用事だったのか察せられる。


「帝都の誰かが力添えをしているのか」

「そう、テランスが並みの領主だったらとっくに領内を纏め上げていたかもしれないほどに強力な力添え」

「それは帝国中枢の……いや、皇帝ロスカーンか皇妃ギザイアしかいないじゃないか」

「多分、その辺りでしょう。テランス陣営は傭兵が多いわ、それこそ一領主が雇うには多すぎる」


 リアの言葉にベルシスは天を仰いだ。


 平地に乱を起こすとはどういう了見だと。


「おかげでこちらは動きやすくなりましたな。それ程の力添えを受けながらテランスは領内を纏められていない。と言う事は……」

「余程嫌われているんだな」


 ジェストとマークイの言葉にベルシスは考え込む。


(もしロスカーンの力添えならば現領主のエタン殿とて抵抗しようと言う気概は起きなかっただろう。仮にも皇帝、逆らえば領地没収すらあり得る。そうなるとクラーに働きかけたのはギザイアか?)


 そこまで考えが及んだが、ベルシスは頭を左右に振って考えを追い出す。


「面白い情報だが、今優先すべきは」

「ローデンの民兵だね、でもこの情報は後で生きて来るね」


 ベルシスの言葉を継いでフィスルが告げると、ベルシスは肩を竦めて頷くしかなかった。


※  ※


 小競り合いを迂回して、民兵たちが進んでいるであろう予測地点に急ぐベルシスだったが、クラー領内の陰鬱な様子と先の見えない噂には心を痛めていた。


 暗い顔で生活している領民たちの様子から、大きな不安を抱えているのが垣間見える。


「……」

「何を考えておりますかな、将軍」

「図らずとも内戦を引き起こしてしまった身の上ではな。民の生活に影響が出る事は分かっていたが色々と考えざる得ないさ」


 ジェストの問いかけにベルシスが素直に返すと、彼はなるほどと頷きを返す。


(恩ある者達を助ける為だったとはいえ、いくらでもやり様はあったのではないか? いや、普通ならばあったのだろうが、今の帝都でそれがあったのか……)


 ベルシスには自身の能力不足で解決策を見いだせなかっただけのような気がしている一方で、いくら手を尽くしてもこうなるより他はなかったような気もしていた。


 それでも軽々と戦いと言う道を選んでしまったのではと言う思いは消えない。


「時の流れが審判をくだす……か」

「詩に歌われた際に喝さいが起きるか、ブーイングが起きるかは将軍次第では?」


 マークイが詩人らしい言葉をベルシスの後に続ける。


「お主の詩は美女を湛える時の方が受けが良かろう?」


 ジェストがおかしげに言うとマークイも違いないと笑った。


「歓談中悪いけど、見えて来たわよ」


 リアが話題を打ち切る様に、前方を見据えながら告げる。


 そこには予測に違わず、街道を外れた平野に武装した民兵たちが陣取っているのが見えた。


 民兵たちは騎馬と歩兵の混成集団でカナギシュの旗印とローデンの旗印、それにロガ家の旗印を掲げていた。


「間違いないな……帝国軍の動きが鈍重で助かった」


 ローデンの民兵を討伐しようと軍を派遣する動きがあると報告はあった物の結局自分達の方が早かったのは僥倖だ。


 軍隊の移動は遅くなるとは言え、帝都を発ったと言う話も聞かないので、ベルシスとしては帝国の動きの鈍さに感謝せざるえない。


※  ※


 ローデンの民により編成された民兵たちはベルシスの姿を見て一斉に歓声を上げた。


 ローデンにおけるベルシスの人気は尋常では無かった。


 彼らはベルシスの姿を見ただけで士気が高揚し、ベルシスの言葉を絶対とした。


 まるで歴代皇帝が重用しているロヒーギャ親衛隊のように。


 ベルシスにとっても民兵、民兵と呼んでいた集団に一部国境警備の任についていた帝国の兵も混じっており、練度はそこまで低くは無さそうである事は嬉しい誤算と言えた。


 彼らは隊長各となり民を指揮していたため、そこまでの混乱も無くここまで辿り着けたのだと言う。


 一方のカナギシュ騎兵の方は、大きな驚きをベルシスに与えた。


 彼らを指揮する人物に出会い驚いた。


 ローデンの民兵を手中に収めたベルシスは続いてカナギシュの指揮官に面会を求める。


 カナギシュ族は馬上に在ったが一斉にベルシスの前に並び、鐙から足を外し、各々が武器を横に寝かせた。


 騎馬民族の騎兵たちが見せる最上位の敬意の表し方だ。


 右目を丸くしたベルシスの前に一騎、居並ぶ騎兵たちの中から出てくる。


 進み出てきた騎兵は厳ついが誠実そうな顔つきの三十前後の男であった。


「お初にお目に掛かる、ロガ将軍。父ファマルの名代として息子のウォラン、援軍に参上つかまつった」

「ファマル族長のご子息か? 援軍とは嬉しい限りだが、何ゆえカナギシュが……?」

「父は将軍と何度となく競い、そして和議を結ぶに至った経緯を高く評価している。それに、わたくしごとだが妻の故郷でもあるロガの地をむざむざ蹂躙させる訳にはいかない」


 思いもかけない言葉にベルシスは驚きを露わにした。


「ロガの人間を娶っておられるのか? いや、だが、私情で動いては後々困るのではないか?」

「無論、それだけならば動けない。だが、将軍にここで潰えてもらうと困るのだ。カナギシュ族が騎馬民族として生き残るためには」


 どう言う意味かと小首を傾いだベルシスにウォランは端的に事情を説明した。


 ボレダン族を油断させるために西方諸国より貢物として取り寄せていたぜいたく品だったが、今ではその味をカナギシュ族も覚えてしまい一部が西方諸国の暮らしぶりに感化されていると。


「ボレダン族を制してセヌトラ川を境にローデンより西の平野を一手にした騎馬民族の末路が馬を捨てる事になりかねないとは皮肉な話だ」

「それではあらゆる手段を用いてボレダン族を討った甲斐が無い。だからこそ、親父が動いた。援軍を向かわせることで騎馬民族としての矜持を取り戻さんとな」


 ベルシスには正直その辺りの感覚は分らない。


 矜持を取り戻す事と戦は同じではない筈だが、ファマル・カナギシュの中では同じことなのだろうか。


 いや、戦えるからこそ民族の独立を維持できると言う事なのかもしれないとベルシスは思い至る。


 その思いならばまだ理解できたし、帝国を悩ませていた騎馬民族が力を貸してくれるのはありがたい。


 そう言う事であればと頷いたところで騎兵の中から声が上がった。


「ちょっと、ウォラン! 何時になったらこの子の挨拶できるのよ」

「ア、アネスタ、ちょっと待て」


 いきなりウォランに声が掛けられ、彼が少し慌てた。


 だが、ベルシスも大いに慌てた。


(アネスタ? アネスタと言ったのか? まさか従妹の……?)


 もう何度目かの驚きを露わにしているベルシスの前に十歳前後の少年を前に乗せた騎馬が進み出てきた。


 騎手は少女だった従妹の面影を感じさせる女だった。


「お久しぶりですね、ベルシス兄さん」


 それがベルシスを暗殺しようとした叔父ユーゼフの長女アネスタとの再会だった。

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