11.クラー領内紛
ロガ領を発って数日後、ベルシス一行は馬を走らせローデンの民兵が進んでいるクラー領付近を通っていた。
どうも合流するのがクラー家が治めるクラー領地内になりそうだと言う試算を聞いた時、ベルシスは思わず呻いた。
クラー領、伯母上が嫁ぎ母子ともに殺されそうになって刺客を退けながら戻ってきたあのクラー家の領地なのだから。
今の領主エタンとは将軍時代に和解が成立してたが、前領主テランスは伯母ヴェリエを幼い息子ごと殺そうとした輩であり、若いころのベルシス失脚を目論んだ政敵でもある。
「間の悪いと言うか、何と言うか……クラー家の領地で合流せねばならんのか」
ベルシスがそうぼやくと金色の髪を靡かせた優男が可笑しげに声をかけて来た。
「将軍はぼやきが多いですな。しかし、ヴェリエ様の武勇伝は聞きおよんでましたがねぇ、この距離を子連れで刺客と打ち合いながら戻るとは大した豪傑だ」
「貴族のお嬢様も大変よね、見知らぬ結婚相手がろくでなしの可能性もあるんだから。……でも、この距離を一人で息子を守りながらってのは、正直に感服するわ」
マークイの言葉を受けてリアが肩を竦めながらもヴェリエに同情と感嘆の情を抱いたようだ。
「母の愛は強しと言う事でしょうな。最も、ヴェリエ様の強さは今も変わりが無いように思われますが」
フードを外して白髪の髪を晒した老人ジェストが含み笑いを零しながら告げるも、表情を改めるとベルシスに向かって問いかけた。
「今の領主とは和解しているとのことですが、その実権は未だに前領主にあるとか?」
「前領主テランスは第一子のガラルを放逐し、第二子のシメオン、第三子のロジェとも確執が続いている。現領主のエタン殿は二人の息子に与した事で前領主テランスも徐々に力を失いかけていた。それだけにローデンの民兵がクラーに至ったのは危険だ」
ベルシスはジェストの言葉に頷きを返して、現状を手短に伝える。
事前の調べで分かっている事は、テランスが今は五人目の妻に夢中でその妻に産ませた第六子を領主の座に付けようと画策している、と言う事だった。
それに第二子、第三子、それに現領主の甥が反発し、対立が始まったのが半年ほど前。
この情報を伝えるとマークイが呆れたように天を仰いだ。
「いやはや、今時いますか、そんな奴?」
その言葉にリアが鼻を鳴らして茶化すように告げた。
「あら、詩人の癖に悪党については知らないのね? そんな男は多いわよ」
その言葉に俺は英雄を謳うのと美女を称えるのが仕事でねとマークイは言葉を返し、更には。
「おたくの太った勇者様も傍から見れば同じように見られているぜ?」
そんな余計な一言まで添えた。
「まったく、緊張感のない奴らだ」
ジェストはその様子を呆れながらも微笑んで見守っている。
そんな他愛もない三人のやり取りに三勇者やその仲間たちの絆や関係性を見出して、ベルシスは僅かに隻眼を細めた。
するとベルシスと並走して馬を走らせていたフィスルがポツリと告げた。
「テランスは功に焦っている? 領内を纏めるに足る功績を」
「そうだ。それに今の私は帝国に反旗を翻した大罪人、クラー領が全て敵に回ってもおかしくはない」
ベルシスが場を引き締めようと告げやると、リアがにんまりと笑みを浮かべて答える。
「またまた。情報行っているんじゃないの? テランスとエタンやシオメンらの軋轢は決定的よ。将軍が譲ってくれた帝都に情報網が教えてくれたわよ」
「かつての情報網の残滓に過ぎないが、役立っているのならば何よりだ。しかし私の耳には入っていないが、何かあったのか?」
「テランスが二番目の妻アーヴェを殺したわ」
「……随分と前に放逐したと聞いたが」
「他の男と歩いていたからだって」
その言葉にベルシスは無論だったが、マークイもジェストも一瞬意味が分からないと怪訝な表情を浮かべた。
「えっと、自分で放逐したんだよな? テランスって奴は何を言っているんだ?」
マークイが困惑しながら告げるとリアは面白くも無さそうに鼻を鳴らした。
「そんなくだらない理由で、息子たちだけはクラーの家で面倒見てもらえるようにと理不尽な放逐にも耐えた女を殺したのよ。これには息子達は勿論、今の領主である甥っ子も激怒……ある意味反帝国とか親帝国とかどうでも良いレベルに来ているそうね」
ある程度の裁量を任された帝国領主だが、それだけに家督争いとかこじれると色々と大変だと言う事はベルシスも心得ている。
それだけにクラー領内すら内紛の危険が迫っているのだとも。
「逆に好機って訳ね」
フィスルもそれに気づけば好機と口にしたが、ベルシスは軽く頭を左右に振って。
「それはそれで、いたたまれないんだがな」
と呟いてしまう。
「将軍は時々生ぬるい事言うよね? でもやってる事は全く手抜かりなしだけど」
ベルシスの言葉にリアが呆れたように告げるも、ジェストはベルシスを見やって微かに笑って告げた。
「そこに人間臭さが現れておるのでしょうな。……さて、見えてきましたぞ」
片手は手綱を握りながらもジェストが杖で指し示す方角を皆が見れば、全員に緊張が走った。
そこには帝国軍が居並んでいたからだ。正確には、クラー領の領兵たちが。
「こいつはヤバイ……って言うか、ありゃ、おかしくないか?」
マークイの言葉にベルシスは頷かざる得なかった。
何故ならクラーの領兵はおかしいを通り過ぎて、二つの陣営に分かれて争っていたのだから。
※ ※
クラー領の領兵がに二つの陣営に別れて争っている。
そのただ中を突っ切る訳にもいかず、ベルシス一行は馬を降りて遠方よりその様子を観察していた。
争いと言えども全面的な戦いと言うよりは小競り合い程度の物であったが、領兵を動かすなどよほどの事態だ。
この状況は帝国の求心力の低下を如実に示している、とも言えたがそれだけで片づけられる話でもない。
皇帝ロスカーンの悪政により帝国全体の治安が徐々に悪化している事が、多少の影響を与えているのは明白だったが、しかし、反乱者であるベルシスへの援軍らしき集団が自分たちの治める領に近づいていると言うのに、二手に分かれて争いだすなど通常は考えられない事だ。
「それほどまでに、遺恨がたまってしまったと言う事か」
親族同士の骨肉の争いは時に第三者との争いよりも凄惨さを増すものだ。
「迂回するより他にないな」
マークイが肩を竦めながら告げる。
ベルシスもそれに異論はない、ここで隠れて過ごした所で意味はないのだから。
現領主エタンとは和解が成立しているとはいえ、ここで下手に加勢すれば帝国内での彼の立場が悪くなるのは明白だ。
それに小勢力で加勢しても焼け石に水でしかない。
ベルシス自身も今はローデンの民兵と早く合流し指揮せねばならない。
「偵察に出ているリア殿が帰り次第、移動しよう」
ベルシスがそう告げる遥か前方では馬に乗ったクラーの領兵が矢で射抜かれ落ちたのが見えた。
小競り合いでも人は死ぬ、道理である。
<続く>
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