10.援軍との合流に向けて

 フィスルからの提案はある種危険が伴う内容だった。


 ベルシスが少数で素早く動いて援軍と合流しその勢力を見極めて指揮を行うと言う物だった。


「指揮する者さえいれば烏合の衆も一軍団に変わる。思ったほどの勢力で無いのならば旅人に扮してバラバラにロガの地へ向かうように指示すれば良いよ。ローデンやカナギシュ族に魔術師でもいれば、伝達の魔術で指示できるんだけど居ないでしょう?」

「まず居ないでしょうな、魔術の才があれば軍だけでなく貴族や商人に重宝がられるのだから」


 辺境に残る訳もなく、残っているのならば訳アリである。


 そんな貴重な人材すら戦となれば簡単に消耗していくのだから恐ろしい話であるとベルシスは嘆息する。


 そして。


「バラバラに動けと指示するだけならばそれこそ伝言を携えた使者でも送れば良いが、指揮ともなれば話は別と言う事ですな」

「そうだね、将軍の為に動いた者達だ。無事にロガの兵力として合流させたいと願うならば貴方が動かないと。それに」


 鏡のような灰銀の瞳でフィスルはベルシスを覗き込みながら言葉を連ねる。


「各領地を通過するにしても、将軍が民兵を指揮し表立って通るのとローデンやカナギシュの民兵だけが通るのでは意味合いがだいぶ違う。将軍が指揮した兵士達ならば手が出なかったので兵力を温存したと言う名目が立つけど、民兵だけと言う指導者も曖昧な集団が相手ではそうはいかない」


 フィスルは冷静に端的にベルシスが動いた場合の利点を口にする。


(さすがはナイトランドの特使、広い視野を持っているな)


 ベルシスは感心しつつもフィスルの言葉に腹を括った。


「座して死を待つよりは進んで活路を見出すとしましょう」

「細かな打ち合わせとかあると思うけれど、覚えておいて欲しい事がある」

「何でしょうか?」

「私の提案を受け入れたのだから、貴方は私が守る。同道するのでそのつもりで」


 思いも掛けない言葉にベルシスは残った右目を見開いたが、すぐに柔和な笑みを浮かべてこちらこそよろしくお願いすると頭を下げた。


※  ※


 さて、少数で素早くカナギシュの騎兵や民兵に接触しなくてはいけないベルシスだが、連れていく護衛の人選に困っていた。


 それと言うのも、極力自分が動いたと帝国に知られたくなかったからだ。


「少なくとも、合流を果たすまでは知られたくないんだよなぁ」


 一人ぼやきながら人選に頭を悩ませる。


 不在を悟られないためには誰か影武者を仕立て上げ、その影武者と従者リチャードを一緒に行動させる必要性がある。


 老いた竜人の従者は、老いたりとは言え竜の血が濃い竜人だ、傍にいればこれほど心強い護衛もいなかったが……彼は目立つ。


 帝国時代にはベルシス自身は目立たず傍にいるリチャードが目立つと言う状況が宮中でも戦場でも良くあった。


 竜人を目印にすればベルシスは近くに居ると言うのが、一つのジョークとして帝国軍には流れているほどだ。


 それを逆手に取り、物々しい眼帯でもつけた影武者と行動を共にさせればバレない公算は高い。


 影武者自身も療養の為と邸宅をあまり離れなければどうにかなるだろう。


「内外に動けることを喧伝した後にそうなるのは間抜けだな……。まあ、実際休めとは言われる羽目になったが……。後は接触する速度だけが物を言うか」


 軍を動かさないのだから軍幹部のゼスやブルームを連れていく事も出来ない。


 三勇者と言う目立つ者達を連れて行くのはこの場合論外だ。


 だが、フィスルのみを連れて行くのは流石に無謀だろう。


 悩んだ末にベルシスは三勇者に相談する事にした。


「そう言う訳で、私もさすがに身の安全は守りたい。フィスル殿には同行願う事になっているが、それだけでは少々不安だ」


 その言葉に対して最初に反応を示したのはコーデリアだった。


「フィスルは強いし、一緒に行けば心強いと思うけど……なんでアタシは駄目なの?」


 理由は先ほど聞いたが、それでも納得いっていない様子に唇を尖らせて抗議する姿は年相応に見える。


「さっき将軍が言っただろう、俺たちは嫌でも目立つからな」


 リウシスは呆れたようにその様子を見ていたが、体同様太い指先で自身の黒い髪を軽く掻き上げ。


「俺たちが動けば帝国軍に簡単に感づかれる。一方で竜人殿も俺達も動かない、軍の幹部も動かないとなれば気付かれにくい。それに将軍は見てくれは地味だからな、影武者の人選もさほど困らんだろうし」


 そう言葉を連ねる。


 その評価にベルシスは肩を竦めざる得ないが、やはり納得いかないのがコーデリアだった。


「なら、アタシも影武者を」

「流石に無理ですよ、コーデリア。それほど心配ならば信頼する誰か向かわせれば良いのでは? 負傷者の治療にあたっている神官たちの手を借りるのは申し訳ないですから、暇そうにしている彼とか?」


 見かねたのかシグリッドがそうコーデリアに諭す様に告げると、コーデリアは一つ手を打って。


「マークイを連れて行くと良いよ! 剣の腕は確かだよ、うるさいけど」

「彼はうるさいのか……」

「美人を見るといっつも歌を歌うよ」


 ベルシスは優男の詩人を思い出しながらその評価に天を仰いだ。


 結構ナンパな詩人らしい。


 だが剣の腕はすこぶる立ち、馬術の方も相当だと聞いている。


 護衛としては心強そうだ。


「そうですね、それならば私の方からはジェストをお付けしましょう。マークイは悪い男ではないですが少々落ち着きがないので」


 シグリッドは三勇者の中では年長者の為かリーダーのような立ち位置に居る。


 その為それぞれの仲間たちの能力や性格を把握していた。


 そんな彼女がベルシスの護衛にと推挙したのがジェスト、シグリッドの仲間で老いた魔術師。やはり投擲魔術を防ぐ結界を強化してくれていたロガ軍の恩人だ。


「剣士に魔術師か。それじゃあ、うちからはリアを護衛に付けよう。俺だけ護衛を出さなかった等と言われるのはシャクだからな」


 リウシスは斥候能力に長けたリアを推挙する。


 この太った勇者の仲間たちは皆一様に美しい女性ではあったが、皆一様にそれぞれ毒を持っていた。


 その中では毒が薄いが影も薄いリアを推挙する当り、言動ほどふてぶてしくもないリウシスと言う男の気遣いが垣間見える。


「すまない、みんな。そしてありがとう」

「将軍に何かあっても困りますから」


 ベルシスが深く頭を垂れて謝辞を告げると三人を代表してシグリッドが答えると、リウシスは片手を振ってそういう事だと肩を竦め、コーデリアは付いていきたかったなぁとまだ唇を尖らせていた。


<続く>

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