8.ベルシス、目覚める

 レヌ川の戦いに勝利したとはいえベルシスは矢傷を受けて、床に臥せていた。


 勇者コーデリアの仲間の一人、神官アンジェリカや医師たちの尽力の甲斐があり容体は安定しているが、意識を取り戻してはいなかった。


 コーデリアは戦場とは違い部屋の中をうろうろとうろつき回り、全く落ち着きと言うものが無かった。


 逆にベルシスに古くから仕えている騎兵隊長のゼスや歩兵隊長のブルームなどは平時と変わらず訓練や部隊運用に頭を悩ませていた。


 そんな二人がベルシスの容体伺いにたまたま一緒に向かった所、落ち着きのないコーデリアが眉間にしわを寄せながら二人の兵士に声を掛けた。


「あのさ、二人とも心配じゃないの?」

「閣下のですか? 無論心配はしておりますよ。ですが、閣下が目を覚ました際にやるべきことをやっていなければ叱責を受けますからね」


 丁寧に応対したのは騎兵隊長のゼスだ。


 ボレダン族と言う騎馬民族の生まれで堀深くスラリと長身のゼスは、立ち振る舞いも粗野とは程遠い。


 この男はさらに丁寧に人を接するので、多くの人間はその出自を知ると驚く。


 騎馬民族は粗野だと言うのが帝国人の一般的な認識だからだ。


 一方のブルームは高級軍人の家の出でありながら、ざっくばらんな口調で話す。


 帝国人らしく小柄でがっしりとした体躯だが、その言葉遣いや態度は彼の方こそ異民族ではないかと思わせるのだと言う。


 そんな凸凹な二人ではあったが、勇者への対応は一貫して丁寧であった。


 この場合ブルーム黙って、ゼスが応対すると言う意味だが。


「それにしては随分と落ち着いているように見えるが?」


 それまでコーデリアの様子を面白そうに見ていた黒髪の太った男が声を掛けて来た。


 三勇者の一人リウシスだ。


 残り一人の勇者シグリッドも椅子に座ってこちらを見ている。


「勇者様三名が一堂に会しておりましたか、気付きませんで失礼を」

「いや、そいつは良いさ。ベルシス将軍の容体は安定しているが意識が戻らない、普通は不安になるんじゃないのか?」


 リウシスと言う男は体も太いが肝も太いらしく、平然と問いかけを続ける。


 その様子にシグリッドは苦笑を浮かべ白銀の髪を指先でいじっている。


 白銀の胸甲を身に着けたその姿はカナトス重騎兵そのもの。


 女子と言えども騎兵の職責は彼の国では果たさねばならない代物だと言う事だろうか。


「ちょっとリウシス、不躾じゃない?」

「お前だって同じこと問うてただろうに」


 リウシスの様子が不遜に見えたのかコーデリアが噛みつくが、リウシスは肩を竦めて呆れたと言うに言葉を返す。


 問うてる内容は一緒だと言いたげに。


「古くからお仕えしている方々には、問題ないと思える何か確たる証がるのでしょうか? 気を揉んでいるこの二人に教えていただけるとありがたいのですが?」


 勇者の中では年長の、と言っても二十代半ばほどの年齢だがシグリッドが場を収めるように問う。


 リウシスもこれはこれで心配しているのですと続ければ、当のリウシスは鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。


 その様子にゼスとブルームは互いの顔を見合わせる。


 それから互いに微かに頷き。


「閣下とは多くの地獄を潜り抜けてきました。それこそ初めて会った時からです。ですから、こんな所で死ぬ訳が無いと言う漠然とした思いがあるだけなのです」

「ゾス帝国の将軍がそれほどの死地を?」

「いかに大帝国と言えども、軍人であれば当然でしょう?」


 そう笑いながらゼスが答えると神官アンジェリカが皆に声を掛けた。


 将軍がお目覚めになりましたと。


※  ※


 ベルシスは病床から起き上がれば、まず三勇者の尽力と勇者たちにくっついていたナイトランドの特使に礼を述べた。


「此度の戦、勝ちを拾えたのは君たちのおかげだ、感謝する」


 コーデリアが残る事を希望した際に二人の勇者もその仲間たちもロガ軍に協力する事にしたのだ。


 勇者と仲間たちの力添えがあればこそ、帝国軍の投擲魔術を防ぎきり多くの死者が出るのを防いだ。


 また、ナイトランド特使は軍旗を掲げて観戦していたが、やはりナイトランドの軍旗があるだけでその周辺への攻勢の手が緩んだ。


 そんな訳でベルシスは彼らに対してならば幾らでも頭を下げる。


 それだけの働きをしてくれたのだ、こちらが何も利益を提示できなかったのに。


 勇者たちに感謝の意を示してから、次にベルシスは死傷者の数の把握に努めた。


 戦死者にはある程度の補償をせねばならないし、残った人数を鑑みて今後の戦いに備えて次はどの程度戦えるのかが課題になる。


「こちらの戦死者の数は?」

「五百八十余名。それと重傷者は千ほど、彼らは次に戦いがあっても参加は出来ないでしょう。そうなりますと継戦可能な者達は一万を下回っております」


 ゼスの報告にベルシスは眉根を寄せる。


 全体の一割近くが戦死或いは重傷か、と。


「敵の死者や捕虜の数は?」

「戦死者は思いのほか少なく七百ほど、捕虜は重負者が千五百ほど、継戦可能な者が六千五百ほど、それと……砂鰐を二体」

「砂鰐? あの見慣れない戦獣か……。あれも捕まえたのか?」

「降った猛獣使いがアレは殺さないでくれと懇願しましたので……」

「兵や市民に害を及ぼさぬように管理しなくてはな」


 降ったのが策でないかと一瞬疑ったが、まずは重傷者を含めれば八千の捕虜の処遇を決めなくてはならない。


 悩みながらゼスを見やり、ベルシスは気になる事を問いかける。


「アーリー将軍はどうした? むざむざ帝都に戻ってはいないだろう?」

「ロガ領に隣接するカムン領に向かい、態勢を立て直しているようです」

「なら、次があるな。……よし、同国人のよしみだ。動けぬ程の重傷者以外はカムンに返してやれ、動けぬものは引き続きこちらで治療する」


 ゼスが意外な顔をしたが、傍で聞いていたブルームが苦笑を浮かべる。


「足かせですかい?」


 と、問うた。


 ベルシスは肩を竦めてやりながら。


「時間稼ぎさ。有能な新任の将軍が再び敵となる為、軍団の立て直しをしているのを黙ってみている手はない」

「ああ、そう言う事ですか」


 ゼスも意図を組んだようで肩を竦めながら頷いた。


 負傷者は死者と違い生きている分、死者より扱いに労力を割かねばならない。


 負傷者を前に何もしないとあっては指揮をする者の責任問題になりえる。


(こすからい策に本当の重傷者を巻き込むのは酷だ、そこは除外するのは人として当たり前のことだが、それ以外は知らん……)


 ベルシスは兵士達にはできれば無事に生きて帝都に戻って貰いたかった。


 そして、もう戦いたくもなかったがそうもいかないだろう。


 絶対にそうはならないから、自身が有利になるように策は打ち続けなくてはならない。


(こんなこと続けていたら人格捻じれるぞ? いや、既に捻じれまくっているのかもな……。ああ、嫌だ、嫌だ)


 内心愚痴りながらも、左目を射抜かれても生きている男が無事に動けることを内外に示さなくてはいけない。


 となれば、あまり休んでもいられないとばかりにベルシスは精力的に動き出した。


 そんな彼に程なくしてある知らせが届く。


 ローデン地方でベルシスを助けるべく民が兵を組織してこちらに向かっていると。


 その気持ちは嬉しかったが、それほどの集団が帝国領を無事に渡って来れるとは到底思えない。


「くそ、帝都で軍の編成の動きがあるこの時期に……っ! だが、見捨てる訳にはいかない……何か手を打たねば」


 ぐるぐると思考が空回りを始めていたベルシスに救いの手を差し伸べたのは、ナイトランド特使だった。


<続く>

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