7.カルーザスの策とギザイアの陰謀
カルーザスは玉座の間からまっすぐにセスティー将軍の執務室へ向かった。
「これはカルーザス将軍……。敗北の報は聞きましたか?」
ノックの後に入ってきたカルーザスを見やりセスティーは驚いたように立ち上がりながら問いかける。
「邪魔するよ、セスティー。ああ、その件で来た」
「ロガ教官、いえ将軍がこれほどの戦上手とは思っておりませんでした」
セスティーの言葉にはどこか安堵が混じっているのが分かる。
同僚で、いや、前線に立つことがある同僚でベルシスを悪く言うものはいない。
ましてや、年若いセスティーはベルシスに将としての幾つかの事柄を教えられていた。
その無事を安堵したとしても責める気はカルーザスにはない、いや、自分もどこか安堵しているのだから責めるような権利もない。
「兵站に特化すると決めたとはいえ、帝国の
「……しかし、カルーザス将軍がお尋ねになられたと言う事は……」
次は自分かと僅かに緊張した面持ちでとび色の瞳を向けるセスティーにカルーザスは頷きを返す。
「テンウ、パルド両名を副将として十万の兵で攻めてもらう」
「テンウとパルドを?!」
セスティーは途端に端正な顔を歪めて素っ頓狂な声を上げた。
「あのテンウとパルドを両名ですか!? 功績争いで互いの仲が悪い、あの二人を同時に? 十万の兵とて三つバラバラに動く事態になれば各個撃破されかねませんよ!」
「そう興奮するな。セスティー将軍、貴公にあの二人を抑えられないのならば誰にも抑えられんよ」
普段の大人しさは何処へやら茶色の髪を振り乱して抗議するセスティーをなだめるようにカルーザスは言葉を続ける。
「その両名を副将にすることは確定事項ですか? どちらか一方では……」
「陛下のご希望だ」
その一言にセスティーは力を無くしたように執務席に腰を落とした。
微かに椅子が抗議の軋みを上げた。
「私も帝国の名門カイネス家の長子です。謹んで拝命いたしますが……」
「カイネス家の為にそれ以上の言葉は控えてくれ」
功績の多いベルシス・ロガすら追放されたのだ、下手な事を言えば誰でも追放される危険はあった。
「三柱神の一柱、連環の黒太子が使役する御使いに自身の尾を食らう蛇がおりましたね」
不意にセスティーは話題を変えたように言葉を紡ぐ。
「常々疑問だったのです、自身の尾を食らう蛇はいずれは自身の胴体を食らい、最後には」
「そうはさせない。残った我らがそれをさせないのだ、セスティー将軍」
カルーザスはセスティーが全てを語る前に言葉を挟む。
「それに、ベルシスと貴公が相対せずとも済むかもしれない」
「アーリー将軍ですか? 新任の将軍が敗北して即座に軍を建て直せましょうか?」
セスティーの問いかけにカルーザスは頭を左右に振る。
「多分、無理だろう。だが、彼女は兵をロガ領に隣接するカムン領に集めている。ベルシスは帝都から発つ大軍と一度破ったとは言え近隣に駐留する大軍に対処せねばならない。さて、この場合、君ならばどちらを先に処理する?」
「それは……カムン領の兵を無力化したいと考えます」
セスティーの言葉にカルーザスは頷きを返し。
「ベルシスもそうするべく動くはずだ。私はその機にベルシスを討とうと思う」
カルーザスは眉間にしわを寄せながら、自身の策をセスティーに伝えた。
※ ※
カルーザスが動き出している頃、この宮中に別の動きを示す者がいた。
皇后ギザイアである。
「ならば、陛下は十万の兵を差し向けると?」
「御意にございます」
居眠りしている皇帝をコンハーラに任せてザイツ将軍はギザイアの私室を訪れていた。
彼女の私室は贅の限りが尽くされ、年若く堕落した貴族の子弟が男女問わず侍っていた。
彼らに話を聞かれたとて、ギザイアの手管ですっかり従順なしもべと化している、漏洩の心配はない。
そんな彼らの中心で椅子に座り、ギザイアはザイツから報告を受ける。
「ベルシスの件はそれで片が付くでしょう。一時はどうなるかと思いましたが」
「……」
ザイツの言葉にギザイアは多くの男を虜にしてきた美貌を微かに顰めさせて、爪を噛む。
(あの男に関しては油断は禁物……。カナトスの一件以来、嫌と言う程味わってきた。だが、軍事に関しては早々に口は挟めぬ)
ザイツへと視線を送ると、老いた将軍は相好を崩した。
(醜い老人め。だが、断頭台を免れたのはこ奴の力……)
「ベルシスはわたくしを断頭台に送ろうとした憎き敵。確実に死を与える手管はないか?」
「ギザイア様の美貌を見ても何も感じぬとは、男としてあるまじき輩ですな」
既に欲望に火が付いたザイツとの会話はすれ違いが生じている。
舌打ちを堪え、ギザイアは何かないかを考え続ける。
ギザイアはかつてカナトス王国を売り渡そうと画策した戦いでベルシスに戦争首謀者として囚われた。
牢番を誘惑して己の美貌を噂に流させ、その噂にまんまと食らいついたザイツやコンハーラを誘惑しその欲望を操り窮地を脱した経験がある。
それ以来、ベルシスは最も警戒すべき敵となった。
彼女の目的を達成させるためには、ベルシスには死んでもらわねばならない。
(ローデンは焼いた。なのに奴の武運は潰えない。あの異端者共が力を貸していたのではなかったのか?)
ギザイアはザイツが自身の足に身を寄せてくるのを厭わず、思考を続ける。
(ベルシスを排斥しようとして敗れた貴族にクラーなる者がいたな。そうだ、ベルシスの叔母がかつて嫁ぎ、離縁されたのもクラー家か)
「ザイツ」
「はっ」
「クラー家の前の当主に渡りを付けろ」
「はっ?」
「今すぐにだ。現当主を追い出し、再び当主の座に返り咲かせてやるとな」
ギザイアはザイツの体を軽く蹴飛ばす様に足で押し出すと、それだけ告げて立ち上がりテラスへと踵を返す。
背後の様子など一切無視して、ギザイアは帝都を一望しながら唇を歪めた。
ベルシスの件は少々問題だが大勢に影響はない。
ここが火の海に沈むのもそう遠くは無いと。
<続く>
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