6.帝国の衝撃

 アーリー撤退の報は、その日のうちに魔術師を通じて帝都に報告された。


 どんな無能が指揮官でもゾス帝国六万の兵が一万ちょっとの小勢力に負けるはずが無いと思っていた者達はそれこそ天地がひっくり返るほどに驚いていた。


「ベ、ベルシス如きに五倍の兵力をひっくり返す力がある筈が!」


 皇帝の元に報告が来た際に狼狽え叫んだのは皇帝ロスカーンの腰ぎんちゃくとでも言うべき男コンハーラ・レグナルであった。


 コンハーラはベルシスとは少なからぬ因縁がある。


 華々しい戦果を欲したが、結局も何も手に入れられなかったコンハーラには十五の頃から将軍として権勢を欲しいままにしていたベルシスが羨ましかったのだ。


 だが、コンハーラと言う男にはその権勢を振るう為には責任が伴う事を理解できていなかった。


 その事実を早くに父親に見抜かれ、コンハーラは決して軍務に就かせるなと遺言にも残されている始末。


 そのコンハーラも父親の没後には個人的コネで将軍に引き上げられていたが、やっている事は腰ぎんちゃくそのもの。


 一方、敗戦の報告をコンハーラと共に聞いた皇帝はぜいたくに溺れて弛んだ顔を少しだけ引き締めて言った。


「トウラの推挙したアレでは届かなんだか。さもありなん、次はどうするか?」


 驚きもなく淡々と口にする様子が、腰ぎんちゃくのコンハーラから見ても異常に思える。


 敗北の報など聞けば怒り、喚き散らかしているのが通常なのだから。


「ここは名も知れぬ代替品ではなく、名実ともに帝国の将軍足る人物を送るべきでは?」


 そう告げたのはザイツ将軍である。


 老境に差し掛かっているこの将軍は、先帝時代にカルーザスへの嫉妬から将軍昇進を阻もうとしてベルシスに引退を迫られたことがある。


 その事実を知るロスカーンは不摂生が見て取れる顔をザイツに向けて、にやりと笑った。


「お主が行くか?」

「わ、わたくしはもはや老体……もっと若い者が宜しいかと、例えばカ――」

「若いと言えばテンウ、パルドの両名で良かろう。ザイツ将軍は勿論、トウラ、カルーザス両名よりさらに若い」


 ザイツが名前を告げる前にロスカーンは機先を制して告げた。


(だ、大丈夫なのか……ギザイア様の手管で篭絡されている筈なのに、最近の陛下は何かがおかしい)


 その事がコンハーラを不安にさせる。


 皇后ギザイアの都合の良い傀儡になり果てた筈の男が、ここぞと言う時にこちらの意図を外した一手を打つ。


 あのアーリーとか言う無能を将軍にしたのだって、コンハーラらが手を打つ前にロスカーンが決めていた。


 ギザイア曰く、しがらみのないそれなりの能力のある誰かがベルシスを討つのならば、それはそれで良いとの事だったのでコンハーラもザイツも黙っていたが……。


 そのアーリーは敗れ、今度は猪突猛進のテンウと冷徹なパルドの両名を差し向ける? その二人は年が同じで仕官時期も同じ、それだけに功績争いが高じて不仲だと言われているのに。


「それならば陛下、まとめ役にセスティー将軍を総大将としてお送りください」


 不意に第三者の声が割って入った。


 玉座に間に足を踏み入れて来たのはゾス帝国軍において最も優れた将と言われているカルーザス将軍だった。


 ロスカーンと同じ金髪に茶色の瞳のこの将軍は、ロスカーンと比べてしまえばその体つきがまるで違う。


 鍛えられ、均整の取れた身体、どこか浮世離れしているが多くの貴族の女子を虜にする整った顔立ち、そして明晰な頭脳。


 非の打ち所がないカルーザスの唯一の弱みはその血筋、平民の出であると言われている。


 事実、若いロスカーンがスラムで遊び歩いていた時に拾ってきて、当時ロガ領から転がり込んできたベルシスに将としての教育を行っていたコンラッド将軍に預けていったと言う。


 この事実がカルーザスが絶対にロスカーンを裏切らない原因であり理由だ。


「三人も将軍を向けるか? それは過剰と笑われかねんぞ?」

「陛下のご威光に泥は塗らせません、私の一存でそうしたとしてもかまいません。ベルシス・ロガを確実に討つのであればその位の備えは必要です」

「友と呼んだ男を討つための献策か?」


 ロスカーンは意地悪そうに笑みを浮かべながらカルーザスに問えば、カルーザスは視線を伏せて沈黙を返した。


 皇帝はカルーザスの功績を疎んでいるとコンハーラは聞いている。


 このやり取りもこれ以上カルーザスに功績をあげさせないためだろう。


「この策を用いるか否かをお決めになるのは陛下でございます」

「ならば功績は余の物、失敗すれば貴様の責任、それで良いな?」

「無論でございます、陛下」


 コンハーラならば絶対に良いと言わない条件をカルーザスは飲み込んで、頷きを返す。


 そんなカルーザスがコンハーラには何か恐ろしい怪物のようにも思えるのだ。


「兵力は?」

「十万規模で宜しいかと」

「――過剰だな」

「既に五倍の兵力をひっくり返されております。今一度負けるようなことがあれば周辺諸国が黙っておりません、必ず我らに牙を剥きましょう」


 予言のように告げるカルーザスを前に皇帝ロスカーンは何やら考えこんだ。


 そして頷きを返し。


「任せよう」


 そう言ったのだ。


 その答えを聞けば、カルーザスは礼を述べた後に準備があるのでと玉座の間を離れていく。


 その背に向かってロスカーンは声を掛けた。


「アーリーとやらの軍を奪う事は許さんぞ?」


 カルーザスは立ち止まっては振り返り。


「……奪いは致しません」

「貴様の事だからな、十万の兵と三人の将軍を囮に何かするかと思ったが?」


 その言葉を聞きカルーザスは大きく息を吐き出して。


「ご慧眼恐れ入ります」


 それだけ告げやれば大きく頭を下げてその場を後にした。


「食えん男だ」


 ロスカーンはそれだけ告げると、日ごろの不摂生の為か玉座で目をつむり居眠りを始めた。


 その様子にコンハーラは少しだけ安堵していた。


 やはり皇帝は皇后ギザイアの術中にあると。


<続く>

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