ロガ家の反乱

1.ぼやきのベルシス 

「あーあ、どうしてこうなったかなぁ」


 天を仰ぎながらぼやくベルシス。


 雨季の季節が近づいていたが空は真っ青で目に染みる程だ。


 ここが陣中でなければ最高だと思いはするのだが生憎と自分が火種となった戦いの渦中にいる。


「若がロスカーンめに喧嘩を売ったからではありませんか。……あそこで怒るのは当然と思われますが」

「何を言うか。宮中勤めならばあそこは堪えるべきだったのさ。私が愚弄されただけならな」


 何を今更と言いたげに従者である竜人のリチャードが肩を竦めて答え、ベルシスも原因自体に悔いは無いと言いたげにリチャードを見やった。


 今回の戦の大元はベルシスが魔王と講和を果たした三人の勇者とその一行を愚弄した皇帝ロスカーンを怒鳴り諫めたことにあった。


 本来は自分たちが魔王と講和を結ばなくてはいけなかったのに、勇者に任せた挙句にその功績を称える席で愚弄するとは何事か、と。


 だが、それは強大な祖国、偉大なるゾス帝国皇帝の不興を買う事になった。


 その為ベルシスはその場で勇者共々追放の憂き目にあったのである。


「それだけなら、良かったんだがな」

「良くはないでしょうに」


 ベルシスのぼやきにリチャードが即座に突っ込み。


 どう言おうとも職を失ったことに変わりはないので、まぁなとビターな笑いを浮かべてベルシスは同意した。


 だが、追放されたこと自体には本当に悔いは無かった。


 現皇帝のロスカーンは先帝ほど優れた人格者ではない事は知っていたが、最近は特にひどくなった。


 そんな男に先帝に捧げたような忠誠を捧げるのは真っ平だ、忠誠の価値が下がる。


 忠誠とは捧げられるべき人物に捧げてこそ意味がある。


 そんな訳で追放を契機として、他国……カナトス王国あたりに亡命でもと考えていた矢先、ベルシスの生家であるロガ家が帝国に反旗を翻してしまった。


 生家の無謀な行いにベルシスはめまいに似た思いを抱いたが、親類を見捨てることが出来ずにロガ家に戻ることにした。


 かつて自分を暗殺しようとした叔父もいる生家に。


 だか、この時ベルシス自身にとって思いがけない事が起きた。


 三勇者と仲間たちも、どう言うわけかベルシスについてきてしまったのだ。


 それに、ベルシスを慕って帝国軍を脱走した兵士千二百名も加われば、他者が見ればそれはまるで計画的反乱のよう。


「どうしてこうなったんだかなぁ……」


 生家のあるロガ領では、民から自棄気味な歓呼をもって迎えられ、領地運営の実権を握っていた伯母には権利を返すと言われた。


 かつて刺客を送りつけた叔父は、悪事がバレて実の娘に家出されすっかり生気を無くしていた。


 幼い頃は共に遊んだ従兄弟たちは、素直にベルシスの帰還を喜び帝国を迎え撃つためロガ領は一致団結。


 普通ならば団結など無理なほど無謀な反乱、だが、ロガに住む者の殆んどが反乱支持に踏み切らざる得ない理由があったのだ。


 帝都で働いていた従兄弟の一人が掴んだ情報によると、帝国南方で有数な商業港を持つロガ領より多くの税を取るために、皇帝直轄領とする動きがあったと言う。


 その陰謀によると将軍ベルシスの前で勇者を愚弄する事で反論を誘発、反論すればそれを理由に捕らえて処刑、その罪をもってロガ領に侵攻しロガ家を排斥する計画だった。


 その話を聞いた時、ベルシスは心底ぞっとした。


 何故ならば物の見事に罠に嵌っていたのだから。

 

 今生き永らえているのが皇帝がその陰謀に反して何故かベルシスを追放したからだ。


「……追放を告げた時のロスカーンは少しおかしかった。いや、正気に戻っていたと言うべきなのか?」

「勇者様の武に怯えただけかも知れませんぞ」


 皇帝の様子を思い返しながら再び青い空を見上げてベルシスが呟くと、リチャードは肩を竦めながら答える。


 どちらにせよ、拾った命だ。


 今は生家の為に存分に使ってやる。それがロガの領民の為にもなるのだから。


 ロスカーンは即位後繰り返し増税を押し進めて来た。


 何度目かの増税の時から伯母がこれ以上は無理だと突っぱねて現状維持に徹したが、ロガ家の支配が消えれば確実に皇帝は税を上げる、そうなれば民衆の生活は税の重さに耐えられない。


 そもそも増税された分は殆どロスカーンのお遊びに消えたのだから、どんな愛国者でも愛想が尽きる。


 即位直後はそこまででもなかったが、今やロスカーンは民衆に憎まれていた。


「ぼやきの時間は終わりですぞ、若。帝国軍が着陣いたしました」

「……ああ、始めるか」


 視線を川の向こうで陣を整えた帝国軍の大軍勢に向ける。


 帝国歴二百三十八年七月、これよりレヌ川の戦いが始まる。


 この戦いでベルシス・ロガは左目を永久に失う事になったが彼の覇道はここより始まる事になる。


 問題は当人がそれを望んだか否かではあるのだが、時代の流れと言う物は往々に個人の願いや思いを無視して流れていくものだ。


<続く>

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