5.あなたの夢を、私に手伝わせて

 日当たりのいいデザイン性に富んだカフェスペース。サーキュレーションが回転するお洒落な雰囲気の場所は、多くの女子高生や大学生を集めている。


 今日も今日とて例外ではなく、店内は制服に身を包んだ人達で溢れていた。娯楽施設と化してしまった根源と言ってしまっても過言ではないため、今まで一度も訪れたことはなかった。



「わざわざこんなところまで連れてきて、何?」

 込み合った店内の中、皮肉にも空いていた二人席。机を挟んで座っているアイネさんは不機嫌を隠そうとしない。人差し指をせわしなく上下に動かし唇を尖らせているのがその証拠だろう。


「だから、お礼がしたいって。」

「代金はあんたが代わりに払ったでしょ?だからもうチャラ。なんで相席な訳。」

「せ、きが空いてないから?」

 上手い言い返しが思いつかず、苦しいながらにそう返すと溜息を吐いて席を立とうとする。まだ話は終わっていないのに立ち去られてしまっては困る。

 私は腕を掴んだ。その拍子に机が大きく音を立てて揺れる。一瞬店内に静寂が訪れ、視線が集中する。が、それも数秒後には元通りだ。


「何の真似?」

「私、まだアイネさんに話したいことがあるの。それを飲んでる間だけでもいいから。」

「何であたしがそれを聞かなきゃいけない訳。さっき首を突っ込んだのはこれが目的でもないし、そんな無駄話聞くためでもないから。」

 こちらを半分ほど振り返り、中途半端な姿勢になりながらそういう彼女の身体からは今まで以上にはっきりとした拒絶のオーラがありありと漂っていた。


「私、小さい時からずっとアイドルのプロデューサーになりたくて、ここに来たの。やっと、夢が叶えられる。ううん、夢を叶えるための第一歩を踏み出せたんだって。」

 下手に言葉を続けるのはやめて、伝えたいことを話し始めることに決めた。同じようなやり取りを続けたって水掛け論にしかならない。だったら、自分の気持ちをストレートに伝えた方が早いだろうから。


「それで、アイネさんに出会った。さっきも言ったけど、それだけのことをされてここにいるってことはアイドルになりたいってことでしょ?だから、あなたの夢を…アイドルになりたいって夢を、私に手伝わせて。」

 『専属アイドルになって欲しい』ではなく、『夢を手伝わせて欲しい』。きっとこういう意味で言ったわけじゃないんだろうけど、これならばアイネさんのいうところの『メリット』が生まれているはずだ。

 それと関係あるのかは分からないけれど、肩が一瞬ぴくりと反応したように見えた。


「アイネさんのなりたいアイドル像に向かって出来ることは全部するし、余計なことを言ってくるような輩は私がとっちめる。他にも…とにかく何でもする。だから、考えてみて欲しいの…!」

 言葉を尽くす以上に誠意を見せる方法が分からなくて、頭を下げようと思った。きっと立ち去ることはしないはず、という希望的観測も込めて彼女の腕を離す。席から腰を浮かせてお辞儀をする。

 アイネさんの顔は見えなかったけど、足が半歩後ろに下がったのが見えた。


 私はお辞儀の姿勢をキープしたまま、そしてアイネさんは片足を後ろに下げたまま、机間に立って沈黙を続けた。流石に他の人たちに迷惑が掛かると判断されてスタッフさんに声を掛けられるかもしれない──と言ったところで、彼女の声が鼓膜を震わせた。


「何でもする、に嘘はない?」

「え?」

 頼んでおきながらなんだけど、予想していなかった言葉に頭を少しだけ上げて間抜けた声を上げる。彼女の表情はいつもより真剣で、瞳の奥には深い悲しみと強い熱を宿していた。


「だから。その言葉に嘘はないか聞いてるの。」

「…ない。ないよ!私は、アイドルのためにならなんだってするって決めたから。」

 彼女から発せられるアイドルに対する真摯さみたいなものを見れば、やはり私の推測は合っていたんだと裏打ちされる。

 瞬間的に思い描いた可能性に胸を躍らせて、大きな声で返事をする。もちろん、軽薄に見られないようなトーンに気を付けて。


「一回だけ。一回だけ、あたしは最後にステージに立つ。その間、あんたの専属アイドルになる…っていうのが、こちらからの提案。先に言っとくと、あたしは譲歩する気はないから。」

 

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