4.誰よりもアイドルになりたいって思ってるんじゃない?

 無抵抗に言葉も、暴力も受け入れるしかないのかと半ば絶望していたところに割り込んできた声。

 それは間違いなく、一週間前に出会った彼女だった。


 周りの子が立ちふさがっていたせいでよく見えていなかったけれど、あとから更衣室に入ってきて着替えを済ませたのかもしれないな、なんて遅れて考える。

 揺れる赤色の髪の毛、不機嫌そうにひそめられた眉に、精一杯の鋭さを宿した紺色の瞳。

 初対面のときは、こんなに童顔なのに不良ぶっているなんて…とか思っていたけれど、自分がピンチのときに颯爽と来てくれると脳内補正で王子様のように輝いて見えた。


「は?何の用なの?」

「用も何も、ただ単に邪魔なだけ。こうでも言わないと退かなさそうだったし。」

「つか、あんだけ言われてよく平然とした顔で来れるよね、あんた。」

「別に。集団で個を叩くしか出来ない可哀想な人達に何言われたって痛くもかゆくも。」


 目の前で繰り広げられる舌戦に口を開けて眺めるしかできない。キレのある言動は私が割り込めるようなものじゃないし、何より私の知らない何かがあることは明白だったから。



 少しして、四人組は大声で彼女の悪口を言いながら中に入っていった。煽りとその応酬に無意味だと気付いたんだろうし、更衣室に人が増えてきたというのもあるんだと思う。

 嵐が去ったような空間に思わず呆然としていると、騒ぎを終結させた彼女はそそくさと中に入ろうとしている。お礼も言っていないのに、姿を見失う訳にもいかない。


「待って!」

「何。」

 駆け寄って腕をつかむと、露骨に嫌そうな顔をしながら振り返る。


「さっきは、ありがとう。」

「あいつらは、元々気に喰わない子を難癖付けていじめることで有名だから。それが癪だっただけ。あんただから助けた訳じゃないから、勘違いはしないで。」

 ため息交じりの声音から、嘘の響きは受け取れなくて。それが本心だというのは分かったし、もしかしたら『全体からいじめられてた』というのも彼女たちの拡大解釈なのかもしれない。


「ねぇ、あなたアイネさん?」

 腕を振り払われて再度歩き出しそうな雰囲気を察知した私は、体全体で掴むようにしてそう言葉を続けた。ぎゅっと力を込めたことにも、質問が終わるまで手をはなす気がないことにも気づいたんだろう、更に嫌そうな顔をする。


「…そうだけど。あいつらから聞いたでしょ?なら、さっさと離れな。」

「でも、私はあなたに専属アイドルになって欲しい。…それだけじゃなくて、友達にも。」

「は?」

 思いをそのまま込めた言葉に眉を顰められる。私よりも若干低い位置にある瞳を真っすぐ見据えながら気持ちを伝える。これは、大好きなアイドルの一人が言っていた方法。


「私、アイネさんが皆から冷たくされてる中一人で過ごしているのを見てられない。

それに、アイネさんは誰よりもアイドルになりたいって思ってるんじゃない?」

「は、あんた何言って…。」

「だって、そんなに散々な目に遭っても、ここにいるでしょう?」


 自分が蒔いた種かもしれないけど、大勢の人に寄ってたかっていじめられたのだ。学校みたいに強制された場所じゃないんだから、辞めたって良かったはず。でも彼女はそれを選ばなかった。

 それは、アイドルを本気で目指しているからなんじゃないの?娯楽施設と化してしまっていても、希望に縋ってここに居続けてるんじゃないの?


 これを全部口に出すことはしなかったけれど、きっとそれは他ならない本人が一番よく分かっているはず。

 はぐらかして逃げ出されることだけは阻止しなければ、と腕に込める力は抜かずに、彼女の答えを待った。


「そんなこと、あり得ない。馬鹿なこと言わないで。」

「あり得なくない!」

 若干震える声で、まだそんな強がりを言い続ける彼女に私は思わず大声を叩きつけてしまう。お礼を伝えたかったのに、彼女の本心を聞きたかっただけなのに。

 先程のやり取りからチラチラと見られていたけれど、今の私の一声で決定的に視線を集めてしまった。

 

「大声出してごめん。…さっきのお礼がしたいから、場所移させて欲しい。」

 そう言って、多くの懐疑の目を受けながらもカフェスペースに移動するのだった。

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