6.あたしが、アイネだってバレないようにやること。
「あたしのラストステージ、あんたがプロデュースするんなら、他にも条件…というか、注文がある。」
結局二人で対面で座り、先程頼んだカフェオレを口に運んだ。アイドルシティ外のカフェではもっと高額で売られていてもおかしくないくらいに質の高いものが提供されているんだな、と思う。
「まず一つ目。あたしが、アイネだってバレないようにやること。」
「無理じゃない?だって、名前もアイネで登録してるし顔も声も全部一緒だし…。」
「だからあんたに頼んでるんでしょ?あたし一人じゃ出来ないから、プロデューサーにお願いする。何か間違ってる?」
ある程度は心を開いてくれたと思ったのに、彼女から飛び出してくる言葉は変わらず手厳しい。
間違っているかと問われれば、確かに筋は通っているような気がするし、そうじゃないとプロデューサーは必要なくなってしまう。
「…っと、じゃあ何か希望とかあるの?どういう方向性で行きたいか、みたいな。元々のアイネさんの方向性と全然違うものだったらばれないようにも出来ると思うけど。」
そう言いながら、私は胸ポケットから一冊の手帳を取り出した。アイドルの話を聞きながら手帳にメモをして色々動く──夢に描いたプロデューサー像そのものだ。
「え、何それ要る?…まぁいいや、あたしが最後にやりたいのは『あざと可愛いアイドル』。元々はロックとかそっち方面だったけど、どう?」
「そのイメージ転換は、流石に無理があると思うけど…。」
確かに、彼女が元々ロック方面だというのは頷ける。さらりと毒を吐くところも、声質も方向性にピッタリだろう。
でも、そんな彼女があざと可愛い方向性へのシフトするというのは無理があるだろう。顔だちはまだしも、その態度と話し方なんかがどう頑張っても適合できないはずだ。
「あたしのために、何でもやってくれるんじゃないの?」
「不可能を可能にすることは出来ないよ?」
「どうせ一回なんだし、どんなになってもいいだろ別に。」
投げやりに言う彼女に私はカチンとくる。口が悪いのは会った時からだし今更言うつもりはないけど、一回きりのラストステージをそんな適当に済ませるなんて許せない。
「最後なんだったら、尚更大切にしなきゃダメでしょ!?そんな言い方ないよ!」
思わず声が大きくなり、𠮟り飛ばすような言い方になってしまったけど、彼女はそう言われても仕方ないくらいのことを言っているんだから当然に決まってる。
手にしていたボールペンを思わずバン、と叩きつけてしまう。
「は、なんそれ。あたしがどんなふうにしようと勝手でしょ?部外者が口出さないで。」
「部外者じゃないよ、私はあなたのプロデューサーだから!」
「形上は、ね。まだ公式に届を出してないから、今のあたしたちは他人同士。それを分かった上で言いな。」
売り言葉に買い言葉、じゃないけれど負けず嫌いな性格が災いしてすぐに私も言葉を返してしまう。
でも、このままヒートアップしても喧嘩別れする未来が容易く想像できる。それは絶対に避けないといけない。でも、安請け合いをしていいのかという不安感が胸を過る。
「とにかく、あたしはライブの方向性は絶対に曲げない。もし認めらんないって言うなら、その時はあんたが降りな。あたし一人でやってみせるから。」
険しい表情のまま固まってしまった私を見て、嫌そうに溜息を吐くアイネさん。その表情は、以前より格段に嫌悪感が表れていた。
もしかして。もしかしてだけど、裏切られたと思ってる?確かに、何でもすると言ったのに否定してばかり。彼女の態度にも問題はあるけど、私の方にだって非はあった。
「そっ、それはダメ!分かった、私が、あなたを『あざと可愛い』アイドルにしてみせるから!!別人として、ステージに立てるように、全力で手伝うから!!」
どうすればいいのか、一切思いつかなかったけれど。とにかく、彼女との縁がここで切れてしまうのはどうにかして食い止めたかった私は、今日一大きな声で叫ぶようにして宣言してしまうのだった。
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