第16話 祝砲を放つ早苗ちゃん

 金剛真斗と青山京介とやり合ってから二日が経って火曜日になった。あれから奴らが直接電話をしてくることはない。けれど、


「あのクズども……やってることが最低最悪すぎる……」


 と、有馬真司はため息をついてから携帯と睨めっこをする。


『このチャンネル主は阿久津健志という人で、昔XX高で奴隷をやってましたwwww』

『あの時は、なにもできずに命令に従うだけどクソ雑魚奴隷だったよねwwwこのチャンネルはお前なんかには似合わないんだよwwwクソ阿久津〜クソ阿久津〜』

『インキャのくせになに偉そうに動画なんか上げてんの?まじウケるんだけどw』


 阿久津健志のチャンネル・へびりんごには、言い争ったあの日を境にものすごい数の誹謗中傷のコメントが寄せられていた。


 そして、ツイッターでも、似たような書き込みやコメントが多々見られる。


 今は平日の昼間。流石にあんなひどい脅迫を受けて誹謗中傷まで言われて、普段通りに仕事ができる人間はそう多くないだろう。阿久津健志は日曜日以降、食欲がなくなり、友梨奈ちゃんが作ってくれるおかゆといった胃に無理を来さない食べ物を食べながら体調を崩さないようにしている。


「……」


 編集室のソファーに横になって、右の手の甲を額に当ててため息をつく阿久津健志は、有馬真司に視線を送ってみる。


 実際、被害を受けているのは自分なのに、自分より怒りを募らせている有馬真司。早苗ちゃんは動画の撮影中、友梨奈ちゃんは大学にいる。イレギュラーなことが起きているわけなので、1週間ほどは、休んでもいいよと有馬真司に伝えたはずなのに、こうやって、毎日律儀に編集室に来て、自分の面倒を見てくれている。


「健志」

「うん?」

「youtubeチャンネルとツイッターは見ないでよね」

「あ、ああ。わかった」

「あと、絶対うまく行くから、健志はなにも考えずに休んでくれ」

「うん……ごめんね……本来なら、僕がもっとシャキッとしていなければならないのに……」

「なに言ってるんだ?昔あんなにひどいことされといて……健志は優しい性格だから、病むのは当然だ」

「真司も昔ひどいことされたじゃん。なのにむしろ元気だね」


 そう言われて、有馬真司は視線をソファーにいる阿久津健志に向ける。


「元気?」

「……僕の言い間違いだ」

「ああ」


 有馬真司の表情は、高校時代に散々いじめられて、パシられた時に見せた表情と同じだ。不義を絶対許さない面持ち。


 辛いほど時間の流れが遅いと言うが、3人の励ましのおかげで瞬く間に金曜日になった。


 水曜日からは携帯を見るだけでも悪寒が走ったので、完全に情報を遮断して、スイッチを切って過ごした。このまま、どっかしらの山に行って自給自足の生活を送るのもよし。おばあちゃんおじいちゃんのとこに行って、農業でも学びながら粛々と過ごすのもよし。ふとそんな考えが阿久津健志の脳裏をよぎったが、ここで立ち止まることはできない。明日は土曜日。カミングアウトをする日なのだ。


 今は18時。今日も自分の幼馴染である有馬真司と妹である友梨奈ちゃんが一日中、面倒を見てくれた。阿久津健志に勇気を与えてくれた。


 相変わらずソファーで横になった状態の阿久津健志に友梨奈ちゃんが声を掛ける。


「お兄ちゃん、調子はどう?」

「ああ、おかげさまで、良くなった」

「よかった!やっぱり情報を遮断したのがよかったのかな」

「うん。そうみたい。たまには携帯とPCのない生活もいいね。ヒーリングできた」

「そうよ!仕事より体の方が大事!」


 友梨奈ちゃんは拳を握りしめてガッツポーズを取る。危機的状況に陥っているはずなのに、友梨奈ちゃんの表情は明るい。有馬真司は、ノートパソコンと睨めっこをしていて、時折、キーボードを叩いたり、マウスを動かしたりと忙しない。けれど、その表情からは、負の感情は見えない。


「真司、なにをそんなに忙しくやってるの?動画編集は日曜日まで休みって言ってたよね?」


 ソファーから発せられた阿久津健志の声は向こうにいる有馬真司に鮮明に聞こえた。


「編集はやってないよ。こっちは気にするな。うまく行くから」

「うまくいく?なにが?」

「ん……それより、ゆりちゃん!そろそろなゆぽんちゃんくるんだったよね?」

「うん!もうすぐ来るって連絡あった!」


 そういえば早苗ちゃんってここのところ、編集室に顔を出すことはなかった。きっと、動画撮影で忙しんだろうと、阿久津健志が彼女に思いを巡らしていると、突然ベルがなった。


「なゆぽんちゃん来た!」

「早いね!」

「たっだいま!」


 なゆぽんこと早苗ちゃんは、元気はつらつな声音で言った。それから、靴を脱ぐなり、そそくさと3人のいる部屋へと入る。


「早苗ちゃん!久しぶり……え?早苗ちゃん?手に持ってるあれはなに?」

「祝砲を放とう!」


 ぽん!


 早苗ちゃんは手に持っているノンアルコールシャンパンの蓋を開けた。すると、今まで圧縮されていた炭酸が溢れ出し、床を濡らす。


「なゆぽんちゃん!やるじゃん!」

「でしょでしょ?シャンパンくらいは開けないと気が済まないっての!」

「でも、床拭かないといけないんだよね……ちょっと雑巾持ってくる」

「あ、友梨奈っち!こういうのは雰囲気だよ雰囲気!私も後で拭くの手伝ってあげるから、今は楽しも!!!!お菓子も買ってきたから!」

 

 三人は嬉々としながら、話に花を咲かせている。そんな3人の様子を見て首を傾げる阿久津健志。


「あの、みんな……どうしたの?いいことでもあった?」






追記




さあ、早苗ちゃんはなぜ祝砲を放ったのか……


気になる方は、★と♡を!(チラッ)

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