第14話 阿久津健志は負けない
予想の斜め上をいく早苗ちゃんの発言に、編集室のメンバー一同驚愕する。突拍子のないことを言われた阿久津健志は、戦慄の表情で質問を投げかける。
「い、いや……顔出しであんなことカミングアウトしたら、色々シャレにならないような気が……」
心配そうに言う阿久津健志に優しい視線を向けてから、早苗ちゃんは勝ち誇った声音で言う。
「大丈夫。私を信じて。ていうか、私は健志くんの彼女だから、健志くんを幸せにしてあげる義務があるの!貰った分、ちゃんと返すの!」
その姿があまりにも自信満々だったので、阿久津健志は口をぽかんと開けて何も言えなかった。もちろん、阿久津健志は
けれど、あまりにも自信に溢れる彼女の態度を見た阿久津健志は、少し安堵していた。今度は閉鎖された環境に囚われていないから。そして、自分に力を貸してくれる優しい仲間達がいるから。
「早苗ちゃん!ありがとう!友梨奈ちゃんも真司も、ありがとう!早苗ちゃんを信じる!」
ついさっきまでは三人で意気投合したのだが、いつしか、4人で闘志を燃やしていた。それから早苗ちゃんは短いため息をついてから携帯を取り出して誰かに電話をかける。
「あ、環奈ちゃん先生!いつもお世話になってます!はい!はい!実は、訴訟を起こしたいんですけど……はい!大至急で!」
環奈先生。弁護士なのだろうかと勘繰る三人は互いに顔を見合わせて固唾を飲む。数分が経つと、早苗ちゃんは電話を切って、笑顔を湛えながら口を開く。
「明日、四人して弁護士事務所に行きましょう!」
かくして、四人による復讐劇が始まった。
そして、一夜明けて日曜日。
4人は真桐環奈弁護士事務所に足を踏み入れた。本来日曜日は休みなのだが、早苗ちゃんが粘り強く頼み込んだおかげで事務所に来てくれたそうだ。
ちなみに真桐先生は、早苗ちゃんの顧問弁護士らしい。もちろん、阿久津健志は著作権法に詳しい弁護士先生は何人か知っているんだが、早苗ちゃん曰く、真桐先生は脅迫や恐喝といった分野に精通しているらしい。
阿久津健志は、そんな真桐先生に、今までの経緯、過去の話、録音内容など、証拠となり得る情報は全て提供した。
「ひどいわね。タチの悪い連中。こんな人間クズを見たら、血が騒ぐんだよね」
「……丸く治ればいんですけど」
「阿久津くんは、あの二人をどうしたいの?」
「それは……」
「それは?」
「金剛さんと青山さんは僕が今まで一生懸命築き上げてきたものを無理やり奪おうとしています。それは許される行為ではありません。なので、戦います!」
「なら問題ないよ。これだけの証拠があれば、脅迫罪、恐喝罪は成立する。あと、あいつらが阿久津くんの昔話や個人情報をバラしたら、名誉毀損で確実にやっつけられるよ」
「は、はい……」
「怯える必要はないの。もしあいつらに電話がかかってきたら、毅然とした態度で対処することも大事よ。下手に出るべき相手はあいつらだからな。気を強く持て」
「わかりました……」
機関銃ばりに言葉を吐く真桐先生に圧倒されてしまう阿久津健志。きっと昔のようにまた彼ら彼女らにやられると思ったのだが、真桐先生の話といい、ドヤ顔で自分を見つめてくる三人といい、恐怖という負の感情はとっくにかき消され、自分を虐めてきた4人に対する怒りで心がいっぱいだった。
それからと言うもの、真桐先生はいそいそと告発状を作成してから、阿久津健志に今後のためのレクチャーをしてくれた。
「今日は本当にありがとうございました!真桐先生!」
「いいの別に。よほど特殊なことがない限り日曜日には事務所にこないけど、早苗ちゃんの頼みだからね……」
「まあ、私の彼氏だから、そりゃ一肌脱ぐしかないっしょ!」
「え、ええ!?あんたたち、恋人関係だったの!?」
「もち!」
「ふーん。だったら、もっと張り切って行こうか」
「さすが私の環奈ちゃん先生!わかるじゃん!」
こんな感じで、役に立つ情報をどっぷり教わった阿久津健志は、残りの三人と一緒に事務所を出た。そして、すばやく告発状を警察署に持っていき提出してからは、お馴染みの編集室に戻った。
阿久津健志と友梨奈ちゃんと有馬真司は、すぐ床に倒れてため息をついた。けれど、早苗ちゃんはケロッとした面持ちで三人を面白おかしく見つめる。
「疲れるにはまだ早いよ。大事なのは今からなんだから」
「なゆぽんさんってすごいですね……私、身内の人が訴訟起こすの初めて見ますので……」
「本当……俺もこんな訴訟とか告訴といった怖い世界とは縁が遠い人間だからくたびれた……なゆぽんちゃん……すげー」
「同感……」
三人して早苗ちゃんの凄さを称えていると、彼女は事もな気にボソッと漏らす。
「人気があればあるほど、影響力があればあるほど、お邪魔虫がうじゃうじゃ出てくるもんよ。許容範囲を超えた連中は片っ端から潰していくしかないの。まあ、費用は全部向こうが払ってくれるけど」
「早苗ちゃんは……メンタル強いね」
「まあ、健志くんがいつも私の話聞いてくれたから強くなれたのよ!でも、当の本人が落ち込んでいるなんて……そんなの私が許さないから!」
言って、早苗ちゃんは照れ臭そうに頬をピンク色に染める。そんな彼女の姿があまりにも可愛すぎたので、床で横になっていた阿久津健志は立ち上がる。そして、真面目な顔で早苗ちゃんを捉えては、口を開く。
「ああ。僕、負けない!」
「健司!その顔かっけ!」
「お兄ちゃん……しんちゃんも、お兄ちゃんのあんな格好いいところを見習いなさい!」
「うう……わかったよ」
早苗ちゃんは阿久津健志と横になっている二人を交互に見てから、ふむと満足げに頷く。
その瞬間
「え?電話?あ、金剛さんからだ……」
また彼から電話がかかってきた。
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