第12話 変わらないカースト
「へえ、youtuberへびりんごさんのサイン会だってよ」
金剛真斗が「チャンネル登録者数50万超えの大人気youtuber!へびりんごさんのサイン会」と書かれた宣伝用のぼりを指差して言った。
「阿久津って結構出世してるな。昔と比べたら大違いだ」
と言う青山京介も目を大きく開けて驚いた様子を見せる。
「へえ、なんだかよくわかんないけど、サイン会やれるってのはすごいってことじゃん。知らんし、興味ないけど」
言って、金剛(旧:三浦)唯は口を半開きする。けれど、表情は昔のように阿久津健志を見下している。
「へびりんご……私の娘が見ている歴史解説チャンネル……まさか、キモオタが作っていたなんて……」
青山(旧:秋月)瀬奈は数歩後ろに下がりつつ、拒否反応を起こしながら言った。そんな青山瀬奈の反応を見た金剛真斗が興味深げな表情で口を開く。
「歴史解説?あはは!しかも瀬奈ちゃんの娘も見てるなんて!しかもチャンネル登録者数が50万?本当おもろいよな、京介?」
「そうね。おそらく、お金もいっぱい稼いでいるんだろうね?」
「……い、いや……そうでもないんだけど……」
阿久津健志の体はすでにブルブル震えている。まるで窮地に追い込まれたネズミのようだ。昔、散々自分をいじめてトラウマを植え付けた張本人たち。なるべく思い出そうとしなかったけど、これはまずい。電気が走るようなショックに見舞われている阿久津健志の手は震えている。そういう彼を見てほくそ笑む金剛真斗は低いトーンで一つを要求してきた。
「なあ、阿久津、携帯教えろ」
「け、携帯?」
「ああ。久しぶりに親しい友達に出会ったから携帯番号くらいはゲットしとかないとな」
「……わかった……」
阿久津健志は暗い表情で紙切れに自分の携帯番号を書いて、素早く渡した。後ろにはファンの方々がいっぱい控えている。いきなり割って入ってきたので、みんなこの4人に怪訝そうな視線を向けている。騒ぎになるのは極力控えたいので、阿久津健志は金剛真斗の要求に応じざるを得なかった。金剛真斗は受け取った紙切れに書かれた電話番号を自分の携帯に入力して電話をかける。やがて、阿久津健志のポケットから携帯が鳴った。それを見て金剛真斗は満足げに頷く。
「金剛さん……後ろに、ファンいるから……」
「ほお、だから早くうせろってわけ?中々成長しやがったな阿久津」
「……」
「まあ、いいだろ。携帯番号もゲットしたし。電話したら出ろよ」
「……」
無言のまま視線を落とす阿久津健志を見て目を細めた青山京介が颯爽とした足取りで阿久津健志に近づいて耳打ちする。
「これからもよろしく」
女性陣は相変わらず見下すような顔、男性陣は面白いおもちゃでも見つけたような顔。年は取ったが、何も変わってないカースト。そんな不気味な事実だけを残してこの4人は会場から歩き去った。
阿久津健志は引き攣った顔で列に並んでいるファンの対応にあたる。
「次の方どうぞ」
サイン会は盛況に終わり、本来であれば、関係者の方々と食事をとるつもりだったが、阿久津健志は体調が悪いことを伝えて抜け出す。
そして足早に家へと帰る。
阿久津健志の編集室
「このフライドチキン超美味しそう!」
「健志と一緒に食べたかったけどね」
「お兄ちゃんは忙しいからしょうがないよ」
「まあ、そうだよな。あいつ、youtuberになってからはすごく生き生きしているからな」
「それより、もうすぐチェンネル開設から2年経つけど、記念パーティーの準備はどんな感じ?」
「かもなくふかもなくってところかな」
「なんなのよその曖昧な返事は!?」
「それよりフライドチキン食べようぜ!ゆりちゃん!激辛ソースもいっぱい入れてもらったからたっぷりつけて食べようっと!」
「もう!適当だから」
そんな何気ない会話が交わされている編集室の玄関ドアが開いた。それを不審に思った二人は、首だけ回して視線を玄関の方へ向ける。
「誰?」
「わからん」
しばし経つと青ざめた顔の阿久津健志が編集室の中に入ってきた。
「お兄ちゃん?」
「健志?」
「……」
いつも笑顔な阿久津健志の顔は引き攣っていて、動揺している。その様子を心配した有馬真司は、冷静な声音で問うてくる。
「健志……何があったのか、全部言ってくれ。全部だ」
「……うん」
阿久津健志はあの4人と会ったことを含めて、一部始終を全部有馬健志に話した。妹の友梨奈ちゃんは、兄である阿久津健志を心配そうに見ては、唇を思いっきり噛み締める。
「健志、びびるな。もうお前は大人だ。あいつらが今どんな人生を送っているのかは知ったこっちゃないけど、やられたらやり返す!」
「やられたらやり返す……」
「うん!やられたらやり返す!今の健志はそれができる」
有馬真司に言われて、落ち着きを取り戻した阿久津健志。安堵のため息をつく彼は、突然鳴り始める携帯にびっくりする。固唾を飲んで、携帯を取り出す阿久津健志は、差出人を確認すべく、ディスプレイに目を見やった。
「金剛真斗だ……」
そう呟く阿久津健志に、有馬真司は落ち着き払った声音で、言う。
「録音してから出て」
「う、うん」
「お兄ちゃん、頑張って!」
録音ボタンを押してから通話ボタンを押す阿久津健志。
「もしもし?」
「よ、阿久津、早速だけど、そのチャンネル俺たちに渡せ」
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