第11話 二人の辛い過去

「お買い上げ、ありがとうございま……うん?」


 普通ならば、本を買ってくれた人が阿久津健志の前にしつらえられているテーブルの上に本をそっと置くのが自然な流れだが、今回の相手はどこか一味違う雰囲気を醸し出している。


「阿久津だよね?」

「え?は、はい……そうなんですが、どなた……ん!?」


 目の前にいる4人は阿久津健志が戸惑う表情を浮かべた途端に、口角を吊り上げてほくそ笑む。それと同時に、今まで封印してきた黒い歴史が蘇ってきた。



 ※


 阿久津健志と有馬真司は幼馴染でありなおかつ、オタク友達でもあった。彼らは基本隠キャであるため、クラスの陽キャどもとの接触をなるべく避けてきたのだが、


金髪男A:金剛真斗

金髪女A:三浦唯 のち金剛唯

青髪男B:青山京介

青髪女B:秋月瀬奈 のち青山瀬奈



「おい阿久津、早く購買のパン買ってこい」

「お、お金は?」

「後で返すっから」

「いや、金剛さんって今までお金返した試しが……」

「はあ?もしかして、俺が踏み倒すとでも思ってんのか?」

「そ、それは……」

「なあ、俺たち仲良い友達だもんな。だからよ早く買ってこいよ。有馬、お前もな」


 金髪の金剛真斗は脅しをかけて阿久津健志と有馬真司をパシろうとした。すると、突然スマホを弄っていた金髪ギャルの三浦唯がボソッと小声で漏らす。


「あーしはイチゴ牛乳で」


 三浦唯の言葉を聞いた金剛真斗が反応する。


「ほお、唯ちゃん、それで足りんの?」

「ダイエット中だから」

「へえ、唯ちゃんは別にダイエットなんか必要ねーだろ?元々すんげースタイルいいし」

「まあ、それはわかるんだけど、やっぱ瀬奈ちゃんくらいには痩せたいからさ。ねえ、その細い体型を維持する方法教えてくんない?」


 三浦唯に突然話を振られた秋月瀬奈は柔らかそうな青髪を手櫛ですいてから返事する。


「別に何もしてないわ。それよりあのキモオタたち、見てるだけでも吐き気がすりわ。あ、ちなみに私いちごミルクで」


 秋月瀬奈は阿久津健志と有馬真司をゴミでも見ているかのように、軽蔑の視線を送る。そんな彼女の態度を見かねた青山京介が仲介に入る。


「瀬奈、阿久津くんと有馬くんがかわいそうだから、程々にして(笑)」


 爽やかな笑顔で場を整えようとする青山京介に秋月瀬奈が口角を釣り上げて聞こえよがしに言う。


「なにそれ?京介があの二人から一番金とってるでしょ?」

「人聞きの悪いことは言わないでほしいな……ははは」


 すると今度は、三浦唯が突っ込んでくる。


「ああ、それよりさ、今、サーティーワンが安いんだよね。学校終わったら行く?真斗はどう?」


 すでに阿久津健志と有馬真司は眼中にもないらしい。


「今日は、俺んちで遊ぶ約束だろ?あ、アイス買って帰ろうっか」

「真斗って天才じゃん。お持ち帰りだとドライアイスつけてくれるから、それおもろいんだよね」

 

 金剛真斗と三浦唯はさも楽しげに話し合っている。そこへ、青山京介と秋月瀬奈も加担する。


「二人とも家でなにするつもりかな?」

「あまりはめ外さない方がいいわ」


 いつしか4人の間には別の世界ができており、阿久津健志と有馬真司は呆然とこの陽キャグループを見ていた。


 すると、三浦唯が急にすっごい嫌そうな顔で二人に視線を送ってくる。


「つーか、いつまで突っ立ってんの?」

「まだ、青山くんがなに食べるか言ってないから……」


 三浦唯の問いに阿久津健志はなるべく怒りを抑えながら返事した。すると、いきなり金剛真斗が爆笑する。


「ぷあああああああ!おい京介、聞いた?」

「うん。阿久津くんって本当に律儀だね。別に阿久津くんの好きなやつでいいよ」

 

 一見優しく見える青山京介の返事。けれど、その表情は他人を見下す時に見せるアレに酷似している。青山京介の心を読んだのか、秋月瀬奈はため息をついてから話す。


「京介、どうせ買ってきても、一口食べて捨てるつもりでしょ?弁当持ってきてるのに、たち悪いわね」

「いや……別に俺が悪いわけじゃなくてね、阿久津くんが聞いてきたから!」

「キモオタが聞いてこないと、ひどいことするくせに」


 そう言って秋月瀬奈は意地悪な笑みを浮かべている。話がまとまったのを感じとった金剛真斗は、阿久津健志と有馬真司に見下した態度で口を開いた。


「てーわけで、早く買ってこい」


「あ、うん……」

「……」


「おい有馬、その表情はなに?文句でもあんのか?」


 さっきまでずっと視線を落として冴えない顔をしていた有馬真司が気に入らないのか、眉間に皺を寄せながら問うてくる金剛真斗。


「……ない」

「そうだよね!俺たち仲良い友達だもんな!?」

「……うん」


 返事をしてから、有馬真司は思いっきり唇を噛む。血が出るんじゃないかって勢いで強く歯で唇を噛み締める。そして踵を返し、教室を後にする。阿久津健志も有馬真司を後を追った。そして聞こえる陽キャグループの会話。


「真斗ってひっどー仲良い友達なんて、クスクス」

「唯ちゃん……そう笑うなよ。意外とあんな馬鹿な奴らに限って本当に友達だと思い込んだりするから。プフっ!」


 阿久津健志と有馬真司は購買部でパンを漁っている。


「……」

「……」

「なあ健志」

「うん?」

「世の中って不公平だよね」

「まあ、そうだね」

「クラスの頂点に君臨するあの4人に歯向かうと、学校生活を棒に振っちゃうから、奴らの顔色をうかがう連中ばかりだし」

「……」

「先生も見てみぬふりするし」

「……」

「あいつら、意外と成績はいいから、いい大学に進学するって噂もあるし」

「……」

「俺たちがちょっと陰キャでアニメ好きってだけで、こんな仕打ちを受けないといけないなんて……こんなのありかよ……」

「……」

「世の中に神がいるとしたら、本当にえこひいき大好きな存在なんだろうな」

「……」


 阿久津健志は何も言えなかった。というのも、横でパンを握りしめて全身が震えている有馬真司が、自分の本音を100%代弁してくれているから。


 いつも陰キャをいじめて快楽を得る憎き陽キャ。もちろん、世の中の陽キャが全部ああだと決めつけるわけではないが、少なくとも、阿久津健志と有馬真司にとっての陽キャは、自分達を苦しめてきた断罪すべき存在である。


 ※




 そんなおぞましい4人が、今、成功したイケメンになった阿久津健志の前に現れた。


 

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