高校時代のいじめっ子
第10話 処分された部長と謎の4人
数週間後の阿久津健志の編集室
土曜日
いつもの場所で、いつもの3人が熱心に各々の作業を進めている。ある程度一段落つくと、、阿久津健志の妹である友梨奈ちゃんは誤字と脱字のチェックをする目を閉じ、しばし何かを考える。やがて、目を開けた友梨奈ちゃんは小声で疑問に思っていることを口にした。
「そういえば、お兄ちゃん、結局、残業代の件、どうなったの?」
「あ、あれね……もちろんもれなくもらったよ!」
「よかったじゃん!健志ってあの頃、マジで社蓄だったから残業しまくりだったでしょ?」
「うん。ATM機に行って、記帳して見たらとんでもない額が刻まれてた……」
「それはそうよ。いくらブラックでも今どき、残業代は払うのが基本だからな。当然貰わないといけないお金なのに、本当にクズ会社だね。ね?ゆりちゃん?」
「本当それな。あの会社を辞めたのはお兄ちゃんの人生における最高の判断だったと思うよ。あ、それよりあのおつぼね部長は結局どうなった?」
おつぼね部長。もちろん、阿久津健志は神谷部長があの事件以来、どうなったのかは、すでに把握済みである。
「実は、神谷さんの部下3人も同時に辞めちゃって、あの3人の残業代も会社が払ったんだ。それが原因で仕事が全然回らなくなって、結局、神谷さん、部長から平社員に降格されて、グループ会社に飛ばされたらしいよ」
「おお!やっぱり正義は勝利するんだね!健志」
「よかったじゃん!」
「まあ、向こうから喧嘩売ってこなきゃ、こんなことにはならなかったはずだけどね……あはは」
阿久津健志はいつもの笑顔を浮かべてから作業を続ける。友梨奈ちゃんも気持ちよくうんうん言ってから任された作業を再開した。けれど、有馬真司の熱はまだ冷めていない。
「高校時代の俺たちを思いっきりパシっていじめていた奴らは今頃何して過ごしているんだろうな」
「あいつらね……まあ、社会人として生きているんじゃないかな」
「本当……嫌がらせを受けたりイジメられた人たちは泣き寝入りして、陽キャでイキイキしながら弱いものいじめていた連中はむしろ堂々と生きているなんて……不公平だよね。だから、健志が残業代もらえて俺まで嬉しくなったよ」
「何この男たち……暗すぎるでしょ……しんちゃんはいつも馬鹿なことばっかお兄ちゃんに言っていたのに、らしくないよ!」
「あら、ゆりちゃん……もしかして俺を慰めてくれてるのかしらん?ふふふ」
「そんなわけないでしょ!?この馬鹿しんちゃん!」
「ゆりちゃんの罵倒きました!」
「もう!」
「ははは……二人とも仲いいね」
「違うから!」
阿久津健志は知っている。いつも喧嘩ばっかしているけど、自分の妹と幼馴染である有馬真司が両思いだということを。実際、有馬真司は優秀な映像編集のスキルがある。性格は多少あれだが、有馬真司は優しい男だ。
阿久津健志は二人に向かってバレないように温かい視線を送ってから立ち上がった。
「僕、そろそろ著者サイン会行ってくるね。5千円置いとくから、ちゃんと18時まで仕事して二人で晩御飯食べてね」
「あ、うん!頑張って!お兄ちゃん!」
「今日はきゃわいいゆりちゃんと二人きりで晩御飯か!美少女JDと二人きりで食事……これは……色々駆り立てられますな……」
「黙れ!この変態しんちゃん!エロしんちゃん!馬鹿しんちゃん!ただのしんちゃん!」
「ブフっ!あはっ!あふっ!おほっ!……ぐ……ただのしんちゃんって別に悪口じゃねーだろ……ゆりちゃん……」
有馬真司は友梨奈ちゃんからお腹を殴られて、KO。有馬真司はとてもわざとらしく、お腹を抱えている。
「オーバーするな!そんな強くぶってないから!」
「ははは……これは先が思いやられるな……」
X X X
書店があるデパートの前
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「まさか、へびりんごさんが、こんなに若い男性だったとは……いつも応援していますからね!」
「はい!頑張ります!」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「あら!てっきり教授や年配のある人だと思ってましたけど、すごい若くてイケメンですね!」
「あはは……そんなふうに見ていただけて嬉しいです!」
「素敵です!youtubeも、出版も頑張ってください!」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「あ!イケメンのお兄ちゃんだ!」
「あら!かわいい女の子ね!」
「私、へびりんごチャンネルの大ファンなの!」
「それは嬉しいね!こんなかわいい女の子が見てくれるわけだから、もっと頑張って動画作ろっか!」
「おお!動画いっぱいあげてほしい!一日100本くらい!」
「あはは……頑張ってみるよ!ほら、サイン終わったよ!」
「ありがとう!お母ちゃん!私、イケメンへびりんごさんからサインもらった!」
サイン会は一言で言うと大人気。元々動画のクォリティ自体がいいので、チャンネル登録者数が50万だとしても、その登録者の本気度は他の追随を許さないほどすごい。
阿久津健志が出した世界史解説本は、老若男女問わず、わかり内容となっているので、発売早々、重版がかかるほどである。
中小規模な講演会を除けば、顔を出すのは極力控えてきたんだけど、自分の書いた本、チャンネルを応援してくれる心優しい人たちとは本当の姿で向き合いたい。そんな気持ちが強かったから、今回のサイン会の提案を快く受けたわけだ。
が、
遠くから男二人女二人が怪訝そうな視線を阿久津健志に向けている。4人ともいかにもインキャっぽい服を着ていた。
うち金髪の女Aが口を開く。
「うん?もしかして、あそこでサインしている人って、もしかして阿久津?」
金髪女Aの問いに、金髪男Aが返事する。
「まっさか、あのクッソ不細工だった阿久津があんなイケメンなわけねーだろ。整形手術でもしたのかよw」
チャラい話し方の金髪男Aの話を聞いて、大人しい感じの青い髪の女Bが口を開く。
「そうね、高校時代に散々私たちにパシられてきたアクポチくんとは思えないね」
目尻を釣り上げて淡々としている女Bを見てから、同じ青色の髪の男Bはほくそ笑んで、女A、Bと男Aに話す。
「一旦、あそこに言って確認してみようか」
男Bは特定の場所を指差す。そこには阿久津健志が無邪気な笑顔を浮かべて、本を買ってくれた人と会話を交わしていた。
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