第9話 復讐②−2
阿久津健志の確定申告書を見た神谷部長は呆気に取られる。そんな彼女なんかお構いなしに、笑顔で追い討ちをかける阿久津健志。
「別に、僕は今まで考え方を変えたことは一度もないんですよ。会社やめて、僕なりに頑張っていたら、こんなに稼げるようになりました。正確にいくら儲かっているのかはプライバシーな情報なので言えませんが、おそらくこの会社の社長より稼いでいると思うんですよね……」
「んんんんんんんんん!!……そんなに稼いでいるのなら、なおさら好都合よね」
「え?」
だが、神谷部長は負けじと、躍起になっている。
「阿久津くんがこの会社に与えた被害、どれくらいなのかわかっているのかしら?」
「あ……もちろん失敗もしたし、貢献もしたと思うんですけどね……」
「それは君の勝手な思い込みに過ぎないわ。裁判所が決める問題なのよ」
「あはは……だから僕を訴えると、そう言っているんですか?」
「別に、阿久津くん次第ね」
裁判沙汰になることをチラつかせる彼女だが、阿久津健志は動じない。彼は笑顔のまま続ける。
「裁判を起こすのは自由ですよ。でも、退職した従業員に裁判を起こしても、特殊な場合を除けば基本無罪ですよね……あはは……残業代の請求には応じないといけませんけど」
「はあ?」
「4632時間分の残業代」
「ふ、ふん……そんなの訴えても、もらえるわけないでしょ?なに馬鹿なこと言ってるの?」
「神谷さんがもらえないと言っているから、試しに訴えてきてもいいですよね?」
「は、はあ!?」
「神谷さんがもらえるわけないって言ってましたから、訴えますね(笑)僕、仕事柄、弁護士さんたちといっぱい仲良くなりましたので、明日にでも残業代の請求をやりますよ。あ、もちろん、そちらも訴えてもいいですよ。何せ、訴えるのは自由ですから(笑)」
阿久津健志は相変わらず笑顔のままだ。そんなブレない彼を見た神谷部長は動揺する。
「ほ、本当阿久津くんは真面目だよね。さっきの話はものの例えよ!」
「もらえないって神谷さんが言ったから訴えますよ(笑)僕をその気にさせたのは神谷さんです」
二人のやりとりを聞いていた新人3人は何かを決心した顔で割って入る。
「阿久津さん……」
「はい?」
「残業代、もらえますか?」
「もちろんもらえますよ!」
「本当?」
「本当です!」
「もし、会社やめてももらえますか?」
「勤怠記録さえあれば漏れなくもらえますよ!」
「へえ、」
「へえ、」
「へえ、」
新人3人が突然ほくそ笑んで神谷部長を見つめてきた。
「な、なに見てんの!?」
当惑する神谷部長は、冷や汗をかく。3人は一瞬お互いの顔を見てから、ふむと頷く。そして神谷部長に軽蔑の眼差しを向けて、
「私たち会社やめます」
「私たち会社やめます」
「私たち会社やめます」
「はあ!?なに勝手なこと言ってるの?」
「もちろん、残業代はきっちり払ってもらいますからね」
「もう、ここで働く理由がなくなりました」
「まあ、私はとっくに辞職届まで書いたからね。3人でやってもできないような仕事を一人に押し付けた時点で、無能だとは知ってたけどね」
「む、無能!?わ、私が!?部下の分際で調子に乗るんじゃ……」
「あのさ、お前がやればいいんだよ。今までずっと逃げてきたのバレバレだからな。責任と仕事を部下に押し付けんじゃなくて、お前がやれよ」
「んんんんんんんんんんん!」
3人の内、最もしっかりしていそうな感じの子からボロクソ言われた神谷さんは顔が真っ赤になる。
物々しい雰囲気に包まれた応接室の中で、テーブルに置いてある阿久津健志の携帯が鳴った。ここは応接室なわけなので阿久津健志は迷わず携帯を手に持ち通話ボタンを押す。
「もしもし。あ、明美先生、どうしたんですか?え、え?僕と結婚がしたい!?い、いや、いきなり過ぎて……それに僕には彼女が……」
「こそこそ(阿久津さんモテモテね)」
「こそこそ(イケメンなのに金もいっぱい稼いでるから当然だよね)」
「こそこそ(早く家帰りてーあ、それより、見てみて、あの部長、めっちゃキレてるよwあいつ、33歳なのに彼氏もいないんだって〜あの性格してりゃ……くすくすくす)」
明美先生をなんとか落ち着かせた阿久津健志は、携帯をしまい、立ち上がる。
「僕はもう帰りますね」
「あ、阿久津さん!連絡先交換しましょう!残業代関連でちょっと相談したいことがありまして……」
「あ!私も!」
「あんたたち……残業代だけが目的じゃないでしょ?ふふ、まあ、私も交換してもらうつもりだけど」
応接室で一人取り残された神谷部長は
「くそくそくそくそ!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
会社の建物を吹き飛ばさんばかりに叫ぶのであった。
追記
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