ブラック会社の上司

第6話 ブラック会社と3人のやりとり

阿久津健志が通っていた会社


「まだ終わらないの?このままだと納期が遅れるじゃない!」

「も、申し訳ございません……部長……」

「量があまりにも多すぎて……」

「うう……また残業か……」


 仕事がなかなか進まないものだから、部下の社員に怒鳴り散らかす美人女部長。


「だいたい、あなた達が入ってくる前は一人で回したんだからね!」

「うう……また始まった……」

「前任者である阿久津さんの話……」

「3人でやってもてんてこまいなのに、一人にやらせたからやめたでしょ……これは」 

「ぶつぶつなに喋ってるの!?早くやりなさい!何度も言うが、これは元々一人でやってた仕事だからな!ボーナス貰いたければさっさと仕事しろ!!!!」

「……」

「……」

「……」


 部下3人は深々とため息をついてから、仕事に取り掛かる。




編集室 


 阿久津健志は笑顔でスクリプトを書いている。自分をずっと見下してきた初カノを完膚なきまでに叩きのめしたことによる嬉しさで、仕事は前より捗っているようだ。


 いよいよ彼にも春がやってきたわけだ。


 大学生だった頃の自分は冴えなくてパッとしないしがいない男だと思っていた。周りにはいつもイキイキしている陽キャたちが可愛い女たちを侍らせていた。だが、今の彼は、チャンネル登録者数が50万を超える大物。もちろん、顔を出してやっている100万超える人たちには遠く及ばないが、歴史解説ということで、書籍出版、メンバーシップ、講演など、youtubeの広告収入の他に、阿久津健志は自分の影響力をフル活用してお金をいっぱい稼いでいる。それはもはや社畜として生きていた頃とは比べ物にならないほどである。


「お兄ちゃん!旧約聖書編と古代史ー1遍のスクリプトの誤字の修正、完了だよ!」

「あ、友梨奈ちゃん!ありがとう!ちょっと休んでから2編もおねがい!クラウドに上げておいたから!」

「ラジャー!」

「健志!古代メソポタミア最終編の編集終わったから、ざっくりみて直すべきところ教えて!」

「ああ!真司、ちょっと待って!すぐいくから」


 編集をある程度終えた有馬真司は、ぐでっとなってスポーツドリンクをガブガブ飲み始める。やがて自分の作業をあらかた終えた阿久津健志がやってきたは、マウスをクリックしてプレビュー画面を見る。


「ん……全体的にいい感じだけど、写真のサイズがちょっと小さい気がするね。僕のチャンネルは、子供からお年寄りまで見るから、見切れることがあっても、強調したいところは強調しといたほうがいいと思うよ。例えば5分21秒あたりを見ると……」


 阿久津健志の指摘を受けた有馬真司はほうほうとかへいへいとか言いながら相槌を打っている。友梨奈ちゃんその二人を微笑ましく見守りながら話しかける。


「今のお兄ちゃんって会社通っていた頃と比べると、本当別人だよね」

「そ、そう?」

「そうよ。昔のお兄ちゃんは、ずっと死んだ魚のような目してたじゃん」

「あはは……あの頃の健志は完全にゾンビだったよな」

「そこまで酷かった!?」

「そりゃそうでしょ!お兄ちゃん、ずっと5、6人分の仕事抱えていつも夜10時すぎに家に帰ってきたから」

「マジで、ブラック会社だよね。今時、残業代も出ないなんて本当にクズの中のクズだわ」

「もう、済んだことだしさ。それに、今こうやって幸せに仕事をしてるわけだから、結果オーライってことで!」

「本当にお兄ちゃんは人が良すぎるから心配だよ!」

「うん!健志は昔からそうだったからね!もっと悪くなってもいいと思うよ」

「そ、そうかな……」

「そうだよ!例えば、健志が前に通っていた会社に乗り込んで、『お前の年収は

俺様が払う税金より少ないぜ〜おほほ』と言って札束で健志をいじめてきた女部長のほっぺたを叩くほどの気概を持てよ!」

「しんちゃん!お兄ちゃんに変なこと言うな!」

「あはは……成り金のやりそうなことだな……」

「まあ、とにかく健志はあの女部長とは比べ物にならないほど成功しているから、もっと自信持てよ!」

「そうよ!最近はなゆぽんさんと付き合ってるでしょ?」

「……あのなゆぽんちゃんが、健志と……うらやまけしからんすぎるだろ!!!」

「ちょ、真司!いきなり肩を揺らすな……うう、眩暈めまいが……」

「しんちゃん!お兄ちゃんになにやってんの!?このバカ!!!」

「ヴハっ!」


 友梨奈ちゃんは拳で思いっきり、有馬真司のお腹をぶった。有馬真司とてもわざとらしく床に倒れてお腹を抱えたまま、震えの声で言う。


「うううう……健志……」

「どうしたの?」

「俺はもう遅い……息を引き取る前に、一つお願いがある」

「なんだ」

「……最近できたステーキ屋で……」

「ああ、あそこ、イキイキステーキだよね。僕も食べたいから夜3人で行こう」

「俺の心を読むとは……俺と健志は前世から運命の赤い糸で結ばれていたんだな……俺、幸せだった……」

「ていうか、真司……そんな拙い演技しなくていいから……」

「てへぺろりん!」

「しんちゃん……マジでキモいからそんなのやめて」

「はあ……はあ……ゆりちゃんのマジでキモいきたああああああああ!」

「黙れ!」

「ヴアッ!」


 二人と会話している阿久津健志は明るい表情を浮かべている。けれど、一瞬、前に通っていたブラックな会社での出来事の数々が脳裏をよぎる。


 一瞬顔をしかめる阿久津健志は、顔をよこに振って、我に返る。それから二人にゆっくりとした口調で話す。


「僕、そろそろいくね。夕方くらいには帰ってくるから」

「ああ、気をつけて帰ってきてね」

「お兄ちゃん、気をつけてね……これからあの人のところに行くんでしょ?……」

「あ、ああ……」


 と、阿久津健志は、家を出て、あるところへと向かうのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る