第3話 垢抜けた阿久津くんと動揺する女

ある日の土曜日のデパート


午後一時


 阿久津健志がチャンネル登録者数150万を超える人気美少女ユーチューバー早苗ちゃんと一夜を共にしてから数日がたつ。けれど、あの時の感触と彼女の言葉は鮮明に思い浮かべることができる。彼女とのオフ会は二つの意味で彼を大きく変えたと言えよう。


 まず、一つ目は、もう童貞では無くなったということ。悲劇を絵に描いたような人生を歩んできた彼は、「へびりんご」というyoutubeチャンネルを立ち上げ、豊富な歴史知識を駆使し、今や登録者数50万を超える大物に成り上がった。それと同時に、超絶美少女とも……


 それともう一つ目は、身だしなみに気をつけるようになったということ。普段の阿久津健志は自分のことを冴えないやつだと思い込んでいたので、背伸びしてもどうせ周りからあざけられるに決まっていると考えていた。そのため、あまりファッションには興味が無かったわけだが、




『それにしても、思ってたよりイケメンでよかった!』

『い、イケメンて……僕はそんな人じゃないから』

『もっと、オタクみたいな人だと思っていたのにな。本当よかった!』

『イケメンじゃないよ俺なんか……』

『イケメンなの!チャンネル登録者数150万超えるこのなゆぽん様がそう言ってるから大人しくその事実を受け入れなさい!チャラチャラしたイケメンじゃなくて、真面目なイケメンくん!』




 この前交わした早苗ちゃんとの会話を思い浮かべては、ドヤ顔をする阿久津健志。そんな彼はデパートで服やら腕時計やら靴やらを見ている。


「真面目なイケメン……いい響きだ」


 そう呟いてから軽い足取りであれこれ物色し始める。そしたらいつもの二人とのやりとりが浮かんできた。



『お兄ちゃん!どうだった!なゆぽんさんとはうまくいった?』

『根掘り葉掘り吐いてもらうからな!健志!』

『い、いや!真司……顔怖いよ!』

『んで、お兄ちゃん、結局どんな感じだった!?』

『それがね……うまくいったみたい!早苗ちゃんから真面目なイケメンって褒められたんだ。あはは……それが嬉しくて』

『お兄ちゃん!だから私がいつも言ったでしょ?!お兄ちゃんはファッションに少し力を入れれば、十分イケメンだって!』

『健志は高校生になってから急に目鼻立ちが整ってきたからな。つーか、俺がずっと根暗イケメンって言っただろ?』

『ああ、確かに、高校生だった頃、真司、しょっちゅう俺にそんなあだ名で呼んだもんな……てっきり揶揄からかってるのかと思って……』

『だから、違うって言ったろ?全く……俺とゆりちゃんの話は全然聞かないくせに、なゆぽんちゃんの話ならすぐ聞くんだから……』

『そうよ!お兄ちゃんのバカ!!』

『あはは……ごめんごめん』

『健志、罰として最近新しくできた唐揚げ屋さんの激辛チーズ唐揚げを奢ってもらうぜ!』

『おお、しんちゃん!わかるじゃん!今日は激辛で行こう!』

『い、いや……奢るけど、その前に仕事をしろよ二人とも』




 思い出すだけでも、微笑みが溢れ出そうな会話。


 と、いうわけで、休みである休日に阿久津健志は二度寝せずに、デパートにやってきたわけである。


 ラインで妹と早苗ちゃんに意見を伺いつつ、阿久津健志は一人でショッピングを楽しんでいる。あの二人に勧められた美容室で髪をセットしてもらった。友梨奈ちゃんも早苗ちゃんも一緒に言ってあげようかと言ってきたのだが、やっぱり大事な二人のプライベートな時間を奪うのは気が引けるので、一人で行動することにした。


 美容室から出た阿久津健志はすっかり垢抜けした姿である。商店街を歩く彼は、ショーウィンドウに写っている自分の姿を見てピタッと足を止めた。黒髪に、整った目鼻立ち。クラシックな機械式腕時計に落ち着きのある高級ブランドの服を身に纏っている阿久津健志は眉をへの字にして自分の姿を見つめる。


「これが真面目なイケメンね……」


 そう小声でボソッと漏らした阿久津健志の横を一人の女の子の姿が見える。肩まで届く亜麻色の癖毛にかわいい顔、すらっと伸びた足の持ち主は、彼を通り過ぎろうとする。阿久津健志はそんな彼女を


「結衣ちゃん!?」


 名前で呼んだ。


「え?」


 一瞬体をびくつかせた結衣ちゃんはそのまま踵を返して阿久津健志の見る。ピンク色のニットに、ふくらはぎまで届く黒いスカート。そしてブランドバックを手に持っている彼女は、怪訝そうな視線を阿久津健志に向けた。


「だ、誰ですか?」

「え?わからないの!?」

「は、はい……人違いじゃ……」


 阿久津健志は結衣ちゃんの反応を見て、がっかりする。だけど、結衣ちゃんは満更でもなさそうな表情だ。おそらく、イケメンに声をかけられたからだろう。結衣ちゃんは、目の前で当惑している阿久津健志を下から上まで見てみる。そして、徐々に浮かんでくる冴えない男の顔。


「まさか……健志!?」

「そ、そうだよ!」

「ほ、本当に健志なの?」

「あ、ああ」

「嘘!」

「嘘じゃないよ!」

「信じらんない……あの阿久津賢治が……」


 結衣ちゃんは阿久津健志以上に動揺している。まさか、あの男が、あの冴えなくてパッとしない男が、





 こんなにイケメンになっていたなんて……





 けれど、



「ご、ごめん結衣ちゃん!じゃ、さよなら!」



 阿久津健志は思い詰めた表情を浮かべて、立ち去ろうとする。そんな彼の姿を見ていた結衣ちゃんは、目を見開いて、




「ちょっと!健志……カフェで話でもしない?」



 阿久津健志の手首を握って、彼を止めた。




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