第2話 阿久津くんと早苗ちゃんと童貞と処女
正午
駅前
「それにしてもこの服装、本当に大丈夫なのかな……」
阿久津健志は今朝、妹の友梨奈ちゃんの徹底的な指導を受けて、イメチェンした。いつもの安っぽいTシャツではなく、春に似合うセンスのあるVネックTシャツにカーディガンを羽織っている。下も、いつもはいているホムセンで売っていそうなチャチな7部パンツじゃなく、ベージュ色パンツに、綺麗なスニーカーを履いている。ちなみに全部妹が買ってくれたものである(お金は阿久津健志が出したが)。
時計塔の針が丁度正午をさし、昼休みを知らせる音が流れてきた。それと同時に、マスク姿の女の子が阿久津健志に近づいてくる。
「もしかして、へびりんごさん?」
「あ、はい。ってことはなゆぽんさん?」
「いつもみたいにタメ語でいいよ健志くん!」
「あ、うん!は、初めまして……早苗ちゃん……」
「もう!会うのは初めてだけど、2年前からずっと連絡取ってるでしょ?つれないな〜」
「あはは……僕、こういうの初めてだからどうすればいいのかわからなくて」
「ふふっ、とりあえず予約してあるレストランに行こうね。ここは目立つから」
「た、確かし……わかった」
こうして、阿久津健志と(霧島)早苗ちゃんは、高層ビルにある高級レストランへと向かう。マスクをかけたにも関わらず早苗ちゃんは、すごく美少女なので、道ゆく人たちはチラチラと視線を送ってきた。やがてレストランに入って料理を頼む二人。なゆぽんこと早苗ちゃんは一番高いランチコースを、阿久津健志は普通のランチコースを頼んだ。そして早苗ちゃんはマスクを外して、その綺麗で可愛い顔を阿久津健志に見せる。少し動揺する阿久津健志が面白いのか、早苗ちゃんは楽しそうに目尻鼻尻を吊り上げて話し始める。
「それにしても、思ってたよりイケメンでよかった!」
「い、イケメンて……僕はそんな人じゃないから」
「もっと、オタクみたいな人だと思っていたのにな。本当よかった!」
「イケメンじゃないよ俺なんか……」
「イケメンなの!チャンネル登録者数150万超えるこのなゆぽん様がそう言ってるから大人しくその事実を受け入れなさい!チャラチャラしたイケメンじゃなくて、真面目なイケメンくん!」
「う、うん」
見た目の話は苦手な阿久津健志は話題を変えることにした。
「それにしても、ありがとう……」
「え?いきなりプロポーズ!?」
「ち違う!」
「プロポーズじゃないと何?」
「そ、その……僕のチャンネル取り上げくれたこと……」
「あ、その話か?」
「最初の頃はいくら動画を上げても登録者数全然伸びてなかったけど、早苗ちゃんが紹介してからは、ものすごく伸びてて」
「別に褒められるようなことはしてないよ。私は健志くんの作る動画の内容が好きで、救われたから紹介しただけだから」
「それは、どうも……」
阿久津健志が運営する「へびりんご」というチャンネルは、単なる歴史だけでなく、その中に登場する人物たちの内面葛藤などを加えたストーリーテリング形式を取る動画もたくさんある。そのため、窮地に追い込まれた人たちからは「癒されました」とか「あんな不憫な人生を歩んだ人もいるのに俺は……」みたいなコメントをたくさんいただいている。
「私ね、高校三年生でこんなことやってるから、学校の友達もできなくて、親もめっちゃ反対するんだよね……だから、一時期すごく病んだの。自分が否定される気がして。でも、健志くんの動画に出会って、健志くんと色々やりとりしていくうちに、自分を見つめ直すことができたんだ。間違っている道なんか存在しないって気づいたの」
「前にも口が酸っぱくなるほど言ったろ?友達なんかすぐ裏切るし、ちゃんと自分のこと見てくれる真の友人なんて、ほんの一握りだよ。それに、親も間違った考えを押し付けてくる場合もある」
「けれど、親を憎んではならない」
「そう!よく覚えているね!早苗ちゃん!」
「もちろんよ!健志くんは私のメンタリストだから!」
「メンタリストね……」
「どっかの論文ばかり紹介するメンタリストじゃなくて、私の心を変えた真のメンタリスト……」
「……」
早苗ちゃんは恥ずかしそうに視線をずらして、頬を赤く染める。金髪に整った目鼻立ち、スレンダーな体型から発せられるオーラーは阿久津健志を惑わすにたるものだ。
「えへん!とにかく!俺は早苗が羨ましいよ!高校三年生なのに、自分の道を見つけて、突き進むのは、本当に素晴らしい。訳のわからない大学出て、訳のわからない会社で時間を費やした俺よりあっぱれだ」
「へへへ照れるな……照れるから頭なでなでして♡」
「お、おい……」
戸惑う阿久津健志に頭を突きつけてくる早苗ちゃん。阿久津健志はそんな彼女を見てため息をついてから、ぎこちなく頭を撫で撫でする。
丁度そのタイミングに料理を乗せたワゴンを押してやってくる店員さんの声が聞こえる。
「料理をお持ちしました」
食事を終えた二人は、一緒に写真を撮ったり、ショッピングをしたり、散歩をしたりと、実に楽しい時間を共に過ごした。すると、あっという間に夜になってしまう。
再び待ち合わせ場所にきた阿久津健志と早苗ちゃん。
「早苗ちゃん、今日は楽しかった!女の子とこんなに遊んだのは本当に久しぶりだよ」
「健志くん……」
「うん?」
「ちょっと、一緒に行って欲しいところがある」
「ん?」
意味あり気な表情で伝える早苗ちゃんの顔を見た阿久津健志は一瞬、怪訝そうな視線を送りつつも、大人しく早苗ちゃんの案内に従って、
「ラブホテル!?」
「健志くん!声が大きい!」
「あ、ごめん……でもなんで?」
「私ね、SNSとかメールとか開くと、会社の社長とかお金持ちからいっぱい連絡が来て、ものすごい金額を出すからやらせろとかそっち系の内容が多いんだよね。他にもチャラチャラした人たちがめっちゃ絡んでくるから」
「う、うん……」
「あんな男が近づくたびに、ちょっと怖くなって……だから、私の処女をもらって欲しいの」
「ぼ、僕が!?」
「うん!だって、最初は健志くんって決めてたから……」
「……僕、童貞だけど」
「え?ほ、本当!?信じられない!」
「ひきますよね……」
「そんなことないの。むしろ、嬉しい……ねえ、健志……」
「……」
阿久津健志は童貞を卒業した。
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